バレエの絵画は結局ドガ[すぐ分かる]ポイント6つ

今回の記事では
バレエを描いた画家ドガの絵画の変遷を
ポイントを絞って
すぐ分かるようになっています。

ドガは金銭的に恵まれた画家で、
あまりドラマティックな背景はありませんが、
視覚に問題があったことが
良かったのか悪かったのか!?

バレエが好きな方も
印象派が好きな方も必読です。

なぜドガはバレエの絵画だらけ?

裕福な家庭に生まれ、
法学の大学に通っていた、

エドガー・ドガ
(Edgar Degas)

ドミニク・アングルからアドバイスを貰った後、
美術学校へ入り直しました。

その後イタリアへ3年も留学。
ルネサンスの美術を肌で学びました。

この頃の画家たちのエピソードによくある、
貧しさのかけらもありません。

留学中、イタリアの親戚を描いた
「ベレッリ一家」

右端下の犬が見切れてるのが不思議。
何かこの家族の持っている緊張感と関係しているのかしら?

↓オルセー美術館所蔵
The Bellelli Family 1858-69

戦争と視力低下とパステル

1870−71年に起こった
「普仏戦争」
(Franco-Prussian War)

1918年まで
現ドイツ北部に存在した国
プロイセン王国とフランスの戦争です。

ドガは国家警備隊に入隊し、
この期間は絵を描くことが出来ませんでした。

この時ライフル射撃の訓練をしていた所、
ドガは目に障害があることがわかりました。

ドガはアメリカにも住んでいた!

普仏戦争後1872年、
ドガは兄や親戚のいる、
アメリカ、ニューオリンズに
5ヶ月滞在しました。

この時期に描いた絵↓が
フランスで好評となり、
ドガが生きている間に美術館に購入されました。

「ニューオーリンズの綿花取引所」 1873年

↓この頃ドガが住んでいた家が、
ホテル兼博物館となっています。
Edgar Degas House Historic Home and Museum

ドガはパステルで視力を補う

1880年ごろから
パステルを使い始めています。

油絵に混ぜたり、
水彩やガッシュも合わせて使っていました。

視力の問題を補うために
パステルを使い始めたのですが、
ドガの元来の研究熱心さと、

パステルにより絵に明るさが加わり
後期印象派的になっています。

↓フィラデルフィア美術館所蔵
Ballet from an Opera Box 1884

1890年代からはさらに視力が低下し、
彫刻に専念しました。

印象派とドガの微妙な関係

ドガと言えば「印象派」
と括られるのは、

印象派と言われる画家と同時期に活動し、
印象派展に出品していたからでした。

ですが、
気性の荒かったドガ。

印象派を批判することもありましたし、
実際、印象派の特徴と言われる、
戸外制作をしていません。

ただしこれは、
ドガの目の問題から、
日差しの中での制作が難しかったのもあります。

歴史にもしはありませんが、
もしドガの目に問題がなかったら
どんな絵を描いていたでしょう。

彼はドミニク・アングルや
ドラクロワを最も尊敬しており、
初期は歴史画家を目指していました。

とは言え、印象派展に出品していたのは
「サロン」の古い体制も批判していたので、
どちらかといえば印象派?

また、印象派の父と言われる、
マネと仲が良かったので、
印象派なのかな?と思われますが、

マネは印象派の画家たちを世話したからこそ
印象派の父とまで言われますが、

気難しいドガは若い印象派の画家のみならず
あまり人間関係が上手く行く方ではなかったようです。

浮世絵の影響は共通点

ドガは父と兄の借金の
肩代わりをする時期がありましたが、

時同じくして絵で生活が出来る様になり
それ程の困難にならず。

財政的に問題がなくなると、
多くの画家のコレクションも始めました。

ドラクロワやドミニク・アングル
エル・グレコなど古典の巨匠から
マネ、ピサロ、セザンヌ、ゴーギャン、ゴッホなど集めていました。

そこで、この時代におなじみの
「浮世絵」のコレクターでもありました。

ただしゴッホやモネの様に
模写は存在しない様です。

ドガの絵画の中期から全般の構図や
日常生活を描いたことに影響があると思われます。

アイロンをかける女性や、
入浴する女性を多く描いていますが、
これは浮世絵の影響が強い様です。

↓メトロポリタン美術館所蔵
Woman Combing Her Hair 1888–90

↓メトロポリタン美術館所蔵
Woman Relaxing after Her Bath,1790s

バレエでわかる見えなくなるドガ

1870年からバレエの絵を描き始めています。

ドガはオペラ、バレエ、競馬、と
ブルジョワらしい趣味を持ち、
それらを題材にしていました。

当時は練習風景や控え室などにも入れたため、
ドガの描くバレリーナ達のアングルは
観賞しているだけでは描けないもので、

それがバレエに関わる人々の、
様々なドラマを絵画越しに見せてくれます。

↓時系列で
ドガのバレエの絵画を並べてみました。
視力が低下しているのが感じられます。

↓オルセー美術館所蔵
Le foyer de la danse à l’Opéra de la rue Le Peletieren 1872


↓ハーバード大学美術館所蔵
Ballettprobe 1873


↓メトロポリタン美術館所蔵
The Rehearsal Onstage 1874


↓J. Paul Getty Museum所蔵
Waiting 1882


Danseuses sur la scène 1889
↓リヨン美術館所蔵
Musée des Beaux Arts de Lyon


↓プリンストン大学美術館所蔵
Dancers 1899

ドガのバレエ絵画のまとめ

印象派に入れられますが、
とても古典的な技術を大事にしていた
エドガー・ドガ

印象派展にもサロンにも、
文句を言いながら出展していた気難しい、
ちょっと面倒なおじさんだったのです。

経済的に豊かだったドガは、
自分以外の画家のコレクションも沢山し、
特に、
後期印象派ゴーギャンの応援をしていました。

日常にオペラやバレエ、
競馬があるブルジョアだったので
ドガがバレエを描いたのは自然なことだったのかもしれません。

今回の記事を参考に、
ドガのバレエの絵画を楽しんで頂けたら嬉しいです。
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