印象派の父「マネ」が真似した3作品

今回の記事では
印象派に影響を与えたマネが
影響を受けた画家や作品を3点紹介します。

マネとモネがよくわからないあなたは必読。
2人の大きな違いがわかります。

印象派に影響を与えた「マネ」の原点

印象派の括りで紹介されることもある

エドゥアール・マネ
(douard Manet)

ですが、

印象派の画家達と仲が良かっただけで、
印象派展には誘われても断り、
旧来のサロンにしか発表していません。

ルーブル美術館の近くに住んでいたマネは、
子供の頃から古典美術にも触れ、

俗っぽく言うなら
「おぼっちゃま」でしたが、

保守的な立場と場所で、
旧来のルールを破る
過激な表現をしていたのがマネでした。

皆が知ってるこのマネの絵は
「背景がない!」
だけで過激だったのです。

草上の昼食

1862~63年に描かれた、マネの
「草上の昼食」
(The Luncheon on the Grass)

↓オルセー美術館所蔵
Luncheon on the Grass

1863年のサロンで、
裸の女性を描いたことで落選。

当時のサロンでは歴史や神話上の
女性以外の、現実の女性の裸は
「過激」なことでした。

しかし、参考にしたのは
18世紀以前の古典絵画の巨匠達でした。

マネが真似たラファエロ

ルネサンス代表のイタリアの画家、
ラファエロの絵を版画にした、
マルカントニオ・ライモンディ作

「パリスの審判」

この右端の3人をそのまま真似してます。

The Judgment of Paris 1515/16
Staatsgalerie Stuttgart所蔵

マネが真似た服を着た男と裸の女性

この2枚の絵の共通点が、
自然の中で、服を着た男と裸の女性。

ティツィアーノ「田園の合奏」
はルーブル美術館所蔵なので、
近所に住んでいただけではなく、
修業時代にルーブル美術館で
多くの模写をしていたので、
強く影響を受けていたと見られています。

↓ルーブル美術館所蔵
The Pastoral Concert 1510 Giorgione or Titian


↓Gallerie dell’Accademia所蔵
La tempesta 1508

モネに真似された、元「水浴」

発表された当時は、
「草上の昼食」と言う題ではなく、
「水浴(Le Bain)」でした。

1866年に
モネが「草上の昼食」の題で絵を描き、
マネが意識して同じタイトルに改題しました。

手前の裸の女性に目がいきがちですが、
奥で水浴びをしている女性がいます。
その女性の参考にされたと思われる絵がこちら。

↓Fine Arts Museums of San Francisco 所蔵
The Foursome 1713

オランピア

「草上の昼食」と同じ1863年に描かれ、
1865年のサロンで入選した

「オランピア」
(Olympia)

「草上の昼食」と同じく、
現実の女性の裸で、
入選はしたものの激しく批判を受けました。

↓オルセー美術館所蔵
Olympia

この時代のパリは女性の仕事が少なく、
貧富の差も激しくなり、
娼婦が増えていました。

そのような現実が、この絵を
サロンで入選させたのかもしれません。

裸にアクセサリーや脱ぎかけのサンダル、
当時の娼婦のメイドには黒人が多く、
花束はお客からのプレゼント。

足下の黒猫は性的な意味が含まれています。

マネが真似たヴィーナス

ルネサンス期、ヴェネツィア派の画家
ティツィアーノの描いた
「ウルビーノのヴィーナス」
を参考に描かれています。

↓ウフィツィ美術館所蔵
Venus of Urbino 1538

またスペインの画家ゴヤの
「裸のマハ」の影響も見られます。

↓プラダ美術館所蔵
La maja desnuda 1795-1800

また18-19世紀の絵画の主題で流行した、
オダリスクの影響もあります。

オダリスクとはイスラムの
ハーレムの女性を描いたオリエンタルな絵のことです。

↓ルーブル美術館所蔵
La Grande Odalisque 1814 Jean Auguste Dominique Ingres

マネのスペイン巨匠の真似

マネは修業時代にスペインへ旅行し、
ベラスケスの影響を大きく受けていますが、
とても大きい影響なので…
別記事にします。

今回は
スペインのもう一人の画家の巨匠
フランシスコ・デ・ゴヤの影響を紹介します。

「皇帝マキシミリアンの処刑」
(The Execution of Emperor Maximilian)

↓マンハイム市立美術館所蔵
Die Erschießung Kaiser Maximilians von Mexiko
The Third of May
ナポレオン3世がフランス軍として、
オーストラリア、ハプスブルグ家の一員だった
マキシリミリアンをメキシコ皇帝としました。

しかし、
メキシコの独立運動で追いつめられ、
死刑となりました。

その様子なのですが、
なぜこの絵を描いたかはっきりとは分かっていない様です。

ただ、本来、銃撃する側は
メキシコ軍の服であるべきなのに、
フランス軍の服を着ているそうです。

フランスに対する批判とも取れます。

意味はともかく、
この構図はゴヤの
「マドリード、1808年5月3日」
そのまま真似っこです。

El 3 de mayo en Madrido Los fusilamientos 1814
マドリードでの暴動を抑えるため、
フランス軍が銃殺を行った所を描いています。

とても感情があふれるゴヤの絵ですが、
それと比べると、
マネの絵は淡々と処刑が行われている様です。

マネの真似まとめ

今回の記事では
マネの代表作3点と、
その元となった作品を紹介しました。

マネが真似たものも沢山ありますが、
今度はマネを真似た方を紹介したいと思います。

ややこしいついでに、
印象派でマネとモネは分かりにくいのですが、

実際マネはモネに、
わざとマネに似た名前にしてるだろう!?
と難癖付けたそうですよ。
でもそこで知り合って仲良くなったそうです。

だからやっぱり
マネとモネは分かり難いのは仕方がない。

ですけど、今回の記事で、
マネをしっかり見てみると、
古典の影響が強いことが見れ、
マネの癖がつかめたのではないかと思います。
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