半秘密結社「ナビ派」がわかる7つのコト

今回の記事では
フランス19世紀末に活躍した
フランスの画家グループ

「ナビ派」がわかります。

後期印象派、モダニズム、
現代アートが好きな人は必読。

アートと歴史と人が好きなマミーが
ナビ派の画家達に敬意を込めて書いてます。

わかる「ナビ派」7項目

「ナビ派」の「ナビ」とは
1888年から1900年まで、
フランスの美術学校
アカデミー・ジュリアンの生徒で作られた

半シリアス、半秘密結社。

1897年まで
「ナビ」と言うグループ名は公にせず、
独自の呼び方などを作っていました。

例えばアトリエのことを
「Ergasterium」と
言いかえたりしていたそうです。
(ラテン語で観測所の意味)

やや中二病で、なんだか楽しそう。

「ナビ」とは

アラビア語の「ナビ」nabi
ヘブライ語の類似語ネビームnebiim
から来ており、

意味は「預言者」

古代の預言者が
イスラエルを若返らせたように、

「芸術の基盤を変えたい!」
と、考えていたグループです。

始まりはゴーギャン

ナビ派の画家として知られる、

ポール・セリュジエ
(Paul Sérusier)

1888年
ブルターニュの芸術家村ポン=タヴァンにて、

セリュジエは
後にタヒチに住んだ後期印象派の画家、
ポール・ゴーギャンの指導を受けます。

それを受け描いた作品が
「タリスマン(護符)
愛の森を流れるアヴェン川」

The Talisman, the Aven River at the Bois d’Amour1888
↑オルセー美術館所蔵

この絵が「ナビ派」最初の一枚となり、

ナビ派の「Ergasterium」で
神社や寺のシンボルのように、
「タリスマン」が飾られていました。

日本の影響受けまくり

ナビ派の画家、
ピエール・ボナール
(Pierre Bonnard)

ナビ派の中でも
「Le plus japonard」(日本かぶれ)
と呼ばれるほど、
北斎などの浮世絵や
日本画の影響を受けています。

(Distemper on fine canvas, three paneled screen) 1889

Snowballs 1891
↑個人所蔵

Sitting Woman with a Cat 1892-98
↑個人所蔵

モダニズムの始まりかも

モーリス・ドニ
(Maurice Denis)

彼は絵を平面として捉える理論を提唱し、
モダニズムに影響を与えました。

ドニはセリュジエと共に
宗教を主題の絵も描いています。

The Offertory at Calvary 1890
↑個人所蔵

パリ郊外に、
モーリス・ドニ美術館があります。
http://www.musee-mauricedenis.fr/

絵の中の装飾も美しい

ナビ派の一人、

エドゥアール・ヴュイヤール
(Édouard Vuillard)

絵画の中の装飾を美しく描いています。

Interior (Madame Vuillard and Grandmother Roussel at L’Étang-la-Ville)1902
↑ダラス美術館所蔵

むしろインテリアが主役です。
The Green Interior (Figure Seated by a Curtained Window)1891

Misia at the Piano 1895 or early 1896
↑メトロポリタン美術館所蔵

庭にいる女性を描く

ナビの最も一般的な主題の1つは、
花や果物を摘む牧歌的な女性でした。

セリュジエと共に、
ランソン美術学校を作った

ポール・ランソン
(Paul Ranson)

これはタペストリー

Spring – Women Beneath Blossoming Trees 1890

ピエール・ボナールの庭の女性

The Family of the composer Claude Terrasse in the Garden (screen) 1896
↑旧国立美術館 (ベルリン)所蔵

モーリス・ドニの庭の女性

Avril (panneau pour une chambre de jeune fille), 1892
↑クレラー・ミュラー美術館(オランダ)所蔵

アートと日常を結ぶ

「ナビ派」の目的の一つは、
芸術と日常生活、
特に装飾との境を無くすことでした。

そのため、壁画やタペストリー、
食器、家具、衣装やポスターなどのデザインも行いました。

モーリス・ドニの
ステンドグラスの窓

Stained glass window, The Path of Life 1895
↑モーリス・ドニ美術館所蔵

「ナビ派」は屏風も多く残しています。

ポール・セリュジエの妻、
Marguérite Sérusier。

Paysage vallonné à quatre feuilles 1910

「ナビ派」の終わり

1900年の展覧会を最後に
「ナビ派」は解散しています。

1937年に
メンバーであったヴュイヤールが振り返り
こう言っています。

「ナビ派のゴールに達する前にキュビズムと
シュルレアリズムが出てきていた。私達は空中に浮いているようだった」

「ナビ派」のことがわかる7ポイントまとめ

「ナビ派」がどのようなものか、
7つの項目で見てきました。

1,始まりはゴーギャンからの教え。

2,日本の影響が多い
特にピエール・ボナールは日本かぶれ。

3,モーリス・ドニは絵画理論を唱え、
モダニズムに影響を与えた。

4,絵の中の装飾も凝ってる。

5,庭の女性が多く描かれている。

6,芸術と日常の隔たりをなくそうとして、インテリアも手がけていた。

7,時代と合わなくなり自然解散。

解散の1900年以降も
それぞれの画風で描き続けています。
ナビ派後の作品も魅力的なので、
また次の機会に紹介したいと思います。

最後まで記事を読んでいただき
ありがとうございました。

さらなる情報、ご意見ご感想、
体験談などコメントいただけたら嬉しいです。
Yukiyo mommy
ーーーーー
サイト内関連リンク
なぜタヒチを描いたか?ゴーギャンと「快楽の館」
[戦争/消費/反発]モダニズムとは20世紀
[たった9枚]見てわかる後期(ポスト)印象派
ロートレックの幻の猫と猫好きスタンランの猫
ーーーーー

ニューヨークから気まぐれにアート情報を送っています。

Subscribe

* indicates required



ラインからもお送りします。

ーーーーー




コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA