クリムトの[重要3作品]とその美術館

今回の記事では、
オーストリアの画家
グスタフ・クリムトの超有名代表作3点と
それを所蔵する美術館を紹介します。

クリムトが好き、
ゴージャスな絵が好き、
セクシーな絵が好きな方必読。

クリムトの3大作品と美術館

19世紀後半のオーストリアの画家
グスタフ・クリムト 1862−1918
(Gustav Klimt)

1987年、
保守的だったオーストリアの画壇から抜け、
「ウィーン分離派(Vienna Secession)」
という芸術家グループを立ち上げました。

旧態依然の
ハプスブルグ家支配のオーストリア。

クリムトが亡くなる4年前の1914年
オーストリアの皇位継承者が暗殺され
第一次世界大戦が始まりました。

世間の不満が爆発する前に、
芸術に変革をもたらしたのがクリムトでした。

と、その偉業より先に説明すべきは
猫と女好きの画家と言うことでした。

残念ながら猫の絵は残されていないのですが、
代表する作品の多くは
モデルや恋人の女性達が描かれています。
アトリエには大勢のモデルの女性と猫8匹。

結婚はせず愛人を抱え子供が14人。

なるほど、
様々な官能的な女性を描けるわけです。

やっぱり「接吻」クリムトと言えばこれ

「接吻(The Kiss)」 1907−08

包容し合い官能的な表情の女性は、
幸せなのでしょうか?

豪華な金箔と繊細な花模様に
悲壮や絶望は感じさせませんが、

彼等がいるのは「崖っぷち」

今この「接吻」をされている瞬間を喜び、
何かこの先に待ち受けることは考えない。

そのように見えますが、
みなさまはどうでしょうか?

デザインされた模様は
ウィリアム・モリスの起こした
「アーツ・アンド・クラフツ運動」
から「アールヌーボー」の流れの中にあります。

クリムトの金箔の使用は
日本の「琳派」の影響もありますが、

1903年イタリアの旅行で見た、
サン・ヴィターレ聖堂の
ビザンティン様式のモザイクがきっかけです。

↑Cupola of the choir

「接吻」はウィーン大学の大ホールの
3連作天井画を描いた直後に描かれています。

↑天井画に描かれた一部の女性

この3連作天井画は
ポルノだ!と大批判され、結局展示をされませんでした。

その直後に描かれた「接吻」

男女の愛を描くことが問題なの?
と問題定義かもしれませんし、

激しい批判に「崖っぷち」?
など別の意味もあるかもしれませんね。

ちなみに、
この天井画は現存しません。

1945年ナチスにより焼かれたらしいのですが、
確認されてはいないとのこと。

今もどこかに…かもしれません。

「接吻」と出会える美術館

「接吻」の所蔵先は、
オーストリア、ウィーンにある
ベルヴェデーレ宮殿内

オーストリア・ギャラリー
(オーストリア絵画館)
https://www.belvedere.at/en

↓「接吻」のページ
Der Kuss (Liebespaar)

↓クリムトで検索しました。
Search/klimt
所蔵されている写真に多く写る、
エミーリエ・フレーゲ(Emilie Flöge)
はクリムトの長年の愛人でした。

壁画「ベートーベンフリーズ」は本物見るしかない!

「ベートーベンフリーズ」 1901-02
(Beethoven Frieze)

1902年
作曲家ベートーベンがテーマの
ウィーン分離派の展示会でクリムトが描いた壁画です。

「フリーズ」とは壁の上部に横長に描かれた絵や彫刻のことを言います。

壁3面に描かれている絵を左から見て行きましょう。


→→→左面左端→→→
浮遊する女性(天使?)


→→→左面中央→→→
黄金の鎧の戦士に魔物との戦いを懇願しています。


→→→中央左→→→
ゴリラは神話の魔物「ティフェウス」
ゴーゴン三姉妹(メデューサの姉妹)
他の女性達が病気、狂気、死、欲望などを表しています。


→→→中央右→→→


→→→右面左→→→
琴を弾く女性。
絵に空間があるのは1902年当時別の展示があったためです。


→→→右面右→→→
魔物を倒しついに天使が
ベートヴェンの「歓喜の歌」を歌います。

クリムトらしい包容とキスは
「The Kiss to the whole world」です。

↓カーンアカデミーの解説動画です(英語)

「ベートーベンフリーズ」だけの美術館

オーストリア、ウィーンにある

セセッション館(分離派会館)
https://www.secession.at/en/

「ベートーベンフリーズ」は常設展示で、
その他展示スペースは現代アートのギャラリーになっています。

「ベートーベンフリーズ」は
高い場所に設置された壁画なので、
実際に観に行くと見上げないといけないのですね。

↓リアルに観賞できる360度撮影の動画

「黄金のアデーレ」ニューヨークに来る

「アデーレ・ブロッホ=バウアーの肖像 I」
もしくは「黄金のアデーレ」
(Portrait of Adele Bloch-Bauer I) 1907

モデルの女性
「アデーレ・ブロッホ=バウアー」は
「ウィーン分離派」を支援していた実業家
フェルディナント・ブロッホ=バウアーの妻。

「I」とある様に「II」もあります。
『アデーレ・ブロッホ=バウアーの肖像 II』は
金箔は使わないクリムト晩年の画風になります。

「黄金のアデーレ」は
油絵の具と金銀箔で描かれており、
ドレスなどの幾何学模様は
性的な意味を含むものも描かれています。

クリムトの金箔は
ビザンチン様式の影響ですが、
他にもエジプト、ミケーネ、ギリシアの影響も見られます。

渦巻き模様はミケーネ、
印象的な目のモチーフはエジプト、
サインの文字はギリシア様式です。

「黄金のアデーレ」の長い裁判

アデーレ・ブロッホ=バウアーは
ユダヤ系のオーストリア人でしたので、
ナチスの時代は名前を隠し
「金色の女」としていました。

1941年、同じくユダヤ系実業家の夫が
オーストリアから避難をしている間に、
この肖像画はナチスにより没収されてしまいました。

しかし幸運なことに
戦後「黄金のアデーレ」は返還されました。

帰ってきた「黄金のアデーレ」ですが、
まだまだ落ち着くことが出来ません。

アデーレの遺言は
「オーストリアに寄付」

夫の遺言は
「姪に相続」

と書いて残したことで、
アメリカ、オーストリアの間で、
国家間の裁判が起こりました。

なぜなら相続者の姪がアメリカに住んでいたのです。

その結果は

2006年
アメリカの姪の元へ来ることになりました。

↑アデーレにさよならを言っているポスター(2006年ウィーン)

ニューヨークで「黄金のアデーレ」に会える

現在「黄金のアデーレ」を所蔵する美術館は

ノイエ・ギャラリー・ニューヨーク
(Neue Galerie New York)
https://www.neuegalerie.org/
ニューヨークのメトロポリタン美術館のすぐ近くにある
1890年から1940年までのドイツ・オーストリアの美術だけを集めている
こだわりのギャラリーです。

↓「黄金のアデーレ」のページ
ADELE BLOCH-BAUER I

アデーレの姪から
ノイエ・ギャラリーに所蔵される前に、

エスティ・ローダーの息子、
ロナルド・ローダーが買い取っています。

この話しだけを聞くと「え?」と思いますが、

ロナルド・ローダーは
オーストリア駐在大使だったこともある、
世界ユダヤ人会議の会長。
投資目当てで購入したわけではありません。

ユダヤに没収された
歴史のある絵画を姪から購入し

この様な美しいものも
戦争で破壊される所だったことを後世に伝えてくれています。

Upper East Side, NYC

クリムトの3大作品と美術館のまとめ

グスタフ・クリムトの3大名画、

「接吻」

「ベートーベンフリーズ」

「黄金のアデーレ」

以上を紹介しました。

「接吻」「ベートーベンフリーズ」は
故郷オーストリアに所蔵されていますが、

「黄金のアデーレ」は長い裁判の後、
現在はアメリカ、ニューヨークに所蔵されています。

故郷に存在し続けることもすばらしいですが、
実は、このように何かの運命で違う国に保管されるのは

戦争や災害などで失われるリスクを減らす意味で良いのではないかと思います。

例えば、多くの浮世絵が海外に出たことで現在も沢山存在する様に。

今回の記事で皆様も、
セクシーなクリムトの絵画を楽しんでくれたら嬉しいです。
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