アメコミアートのロイ・リキテンスタイン

アンディー・ウォーホール
(Andy Warhol)

と、言えばアメリカの
ポップアーティストとして
有名です。

彼の有名な作品の中に
スーパーマンを用いた
アメコミ風アートがあります。
ですが、

そのアメコミ風のアートから
ウォーホールに手を引かせたのが

同時期に活躍したポップアートアーティスト
「ロイ・リキテンスタイン」
(Roy Lichtenstein)でした。

相対性理論のアインシュタインは
Einsteinなのだから
steinはシュタインと読むと思ったけど、
Wikipediaはスタインなので統一しました。

ロイ・リキテンスタインの歴史

ニューヨーク、マンハッタンの北東側、
アッパーウェストサイドで
リキテンスタインは育ちました。

裕福な家庭に育ち、
同地域にある「Dwight School」と言う、
インターナショナルスクールを卒業しています。

とても恵まれた環境に育っていることが伺えますね。
まるでハリウッド映画の主人公の様です。

ジャズが好きで、
さらに北にあるハーレムのアポロシアターによく行き、
音楽を聴くだけに収まらず、
ミュージシャンのポートレート(人物画)を
よく描いていたそうです。

大学はニューヨークから離れ
「オハイオ州立大学」へ入ります。

大学在学中に「第2次世界大戦」が勃発。
3年の間、兵役についていました。

その後、オハイオ州立大学の
ファインアートの修士号を取り、

1951年、
ニューヨークで初個展を行います。

この頃は
キュビズム
(Cubism;ピカソのような多視点から見た絵)

表現主義
(Expressionism;感情を作品に入れる表現)

の間の絵を描いていましたが、
次第に
ジャクソン・ポロック
(Jackson Pollock)
等に代表される

抽象表現主義
(Abstract expressionism)
に落ち着いてきます。

1958年、
ニューヨーク州立大学Oswego校や
ニュージャージーのラトガース大学で
教師をしながら作品を作り続けています。

ずーっと安定していますね。
改めて人物を振り返る中で、
一番安定しているアーティストかも。

そして、1961年。
リキテンスタインを代表することとなった
コミックポップアートの第一号が発表されました。

Look Mickey
1961

ワシントンD.C.のナショナルギャラリーに所蔵されています。

この発想が出たのは
リキテンスタインの息子が
自宅で一緒に遊んでいる時に
ミッキマーウスの絵を描いていたのを見たことだそうです。

「Look Mickey」は、
実際の絵本にある一場面を抜き出し、
油彩で書き直し、
コミック風に「吹き出し」を付けています。

ウォーホールとリキテンスタイン

同時期に活動していた
アンディー・ウォーホールも同じく、
コミックスタイルの作品がありました。

どちらが真似したわけでもなく、
当時のアートの流れがそうなっていた様で
リキテンスタインのコミックアートには
ウォーホールは気づいていませんでした。

ある時アンディー・ウォーホールが先に
リキテンスタインがコミックスタイルの絵を描いていることを知り
スタイルを変えていったそうです。

スタイルは変えても、
アメリカンポップの2代巨匠が突き詰めた世界は

「無意味」で「シンプルな線」と「単純な色」の世界だったのですね。

そして、
無意味にインパクトだけを残すアートと思わせていますが、

リキテンスタインもウォーホールも
反戦や反暴力をその作品にちりばめています。
先鋭を極めただけではない
この時代だからこそのアートなのかも知れません。

レオ・キャステリ画廊

この時代のアメリカンポップアートを
ヨーロッパに広め
一時代を築いたのが、

レオ・キャステリ画廊
(Leo Castelli Galllery)
イタリア系アメリカ人アートディーラー、

レオ・キャステリ。

既にパリでギャラリー持っていたのですが、
第二次世界大戦が始まったことで
アメリカに移住したイタリア人なのです。

皮肉にも戦争が
アメリカのポップアートを世界に広める
きっかっけになっていました。

キャステリにより戦後、
ポップアートのみならず、
シュールレアリズム、
ミニマリズム、
抽象表現主義、
ネオダダ
などなど

戦後のアメリカのアートをヨーロッパへ紹介し
大成功を収めたギャラリーなのです。

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アメリカン・コミックス

ポップアートに影響を与えたアメコミ。
正式にはアメリカン・コミックス。
英語ではComic bookもしくはComicです。

アメリカのコミックの歴史を見てみると
1920〜30年代の新聞から進化をしています。

アメリカコミック市場に大きな影響を与えたのは
1938年に発表された
「スーパーマン」

以降、
ヒーロー物のコミックが大量に発表されました。

1930〜50年が
アメリカンコミック黄金時代とも言われています。

大量印刷と低賃金労働により
コミックが子供達の娯楽として席巻したのです。

ヒーロー以外にも、
ティーン、西部劇、SFや動物ものと
幅広いジャンルがあったそうですが、

1950年代、
コミックに暴力表現等が増え、
出版禁止運動が起こったことから
業界の衰退が始まりました。

一方、「スーパーマン」が
テレビでの人気シリーズとなり、

スーパーヒーロー物のコミックが
再度増えました。

この頃は日本でも
マンガの神様と言われる
「手塚治虫」が連載を始めており
日本もマンガの時代が始まっていましたね。

そして、1960年代
ロイ・リキテンスタインやウォーホールが
コミックタイプのアートを始めました。

コミックでは
スパイダーマンやキャプテンアメリカの
「マーベル」や

スーパーマンやバッドマンの
「DCコミック」

などが人気を博していました。

それと言うのも、
ヒーロー達はただ強いのではなく
ヒーローなのに弱い部分や醜い部分をみせ
とても人間らしく描かれていたからでしょう。

そんな深い読み物となったコミックは
子供達だけではなく、
大学生の間でも読まれていたのだそうです。
でも大人は読まなかったのかな?

本来マンガの表現方法はとても複雑で
子供が楽しむだけではもったいないですよね。

そして現代の日本も
マンガ(やアニメ)とアートの関係は
深く結びついていますよね。

60年代アメリカにおいても、
これらの時代の流れが
当時のアートに結びついていたのでしょう。

版画はお得?
「ニューヨーク観光、近代美術館(モマ)編」
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