ドラクロワとモロッコ旅行

南国へ遊びにいくと太陽が強くて
写真を撮ると思ったよりも上手く写らないことありません?

せっかくの鮮やかな緑や、赤や黄色の花々が
色あせて写ったり、光がじゃまをしてたりしますよね。

カメラのない時代、画家が太陽の強い南国地域へいくと、
その光は彼らの目を通して作品に表されていくのだと思います。

画家で南国と聞けばゴーギャンがすぐに出てきますが、
そのもっと前、
印象派と言われる画家達が出てくる以前の
1830年代に
その光を絵画に取り入れた有名な画家がいたのです。

ドラクロワ、モロッコへ行く

ロマン主義とカテゴライズされる

ウジェーヌ・ドラクロワ
http://www.correspondance-delacroix.fr/

「ドラクロワ」と言えば
「民衆を導く自由の女神」が有名です。

旗を持った女性が兵士を導く、これです。

絵に興味がない人でも、
一度は目にしていると思われる有名な絵です。

ドラクロワはこの作品により名声を得た後、
1832年、フランス政府の外交使節の記録画家として、
モロッコを旅行したのです。

夢のモロッコ

マミーは南米に住んでいた時に、
帰国したらスペインを旅して、
スペインからフェリーでジブラルタル海峡を渡り
モロッコへ行くことを考えていたんです。

ただ人生は思い通りにはいかず、
気がつくと香港とニューヨークに旅行変わり、
なぜか北海道に住んでいたんですね。

そこから現在まで夢見ていたことすら忘れておりました。

それがドラクロワの絵を見て思い出した訳です。
私も行きたかった。
もし行っていたら、

ドラクロワの絵が
後の印象派に影響を与えるくらい明るく変わったように、
私も変われたのではないか!?
とかね。

モロッコの光

モロッコは立憲君主制国家。
王国です。

アフリカ大陸の北西、大西洋と地中海に面している国です。

アラビア語の国名が「アル・マグリブ」

「マグリブ」は「日の没する地」の意味を含んでいるそうです。

首都はラバト

他に有名な街に「カサブランカ」「マラケシュ」などがあります。

そして、マミーが夢に描いた旅行コースは
スペインの南にある街

「アルヘシラス」か「タリファ」
この二つの街から

モロッコの「タンジェ」と言う街に着くのです。

(マメ)アメリカでみかんのことを「タンジェリン」と言うのですが、
これ、モロッコが由来だったんですね。

1832年ドラクロワ達の旅は
やはりスペイン「アルヘシラス」から船に乗った様です。

今ならフェリーで1時間半の行程が、
当時は船旅で約25日。

そして、メクネスと言う街で、
スルタン(君主)と出会いそれを絵にしています。

メクネスは現首都のラバトの東側にあります。
有名なマラケシュやフェズと並ぶ古都です。
世界遺産にも登録されています。

そして、イスラム教圏ですので飲酒は禁止なのですが、
このメクネスは名産品がワインだそうです。

そのワインの中でも珍しいのが
Le vin gris(ル・ヴァン・グリ)
グリはグレーのことで、グレーのワインと言う名前。

どんだけグレーなのかと思ったら、
基本は白ワインだそうですが、
皮の色が少し入りロゼよりは黄色みのある色ですね。
ロゼと区別しているらしく、
これはちょっとどう違うのか飲み比べてみたいですね。
今度酒屋で探してみよう!

ドラクロワからピカソへ

ドラクロワは北アフリカ旅行でしたので、モロッコだけではなく
アルジェリアにも立ち寄っています。

そこでアルジェリアのハーレムの女性をスケッチしており、
そのスケッチを元に制作したのが
「アルジェの女たち」

この影響からか、その後ルノワールの時代には
見たこともないハーレムの女性を描くのが流行ったそうです。

ルノワールの作品の中にも「アルジェの女」があります。

そう思って、ドラクロワの「アルジェの女たち」を見直してみると、
光の当たり方、輝かしさ、女性の優しさ…

ルノワールの有名な絵画「ムーラン・ド・ラ・ギャレット」
の光に通じるものがあるのが分かります。

ピカソの「アルジェの女たち」も
やはりドラクロワのオマージュ作品になるそうです。
ピカソはドラクロワの研究を10年も続けていたそうです。

ドラクロワとの関連もあるからか、ピカソだから、
ピカソの「アルジェの女たち」は、
競売のクリスティーズで史上最高額215億円で落札されたそうです。
落札者がどこの誰かは公表されていないそうです。

これら「オダリスク」と言われ、
18、19世紀の絵画モチーフとして多くの画家が影響を受けたそうです。

オダリスクとはハーレムのことで、
それはスルタン(君主)のために集められた女性奴隷と言うことです。

(↑ドラクロワの「スルタン」)

同じ時期影響を与えた浮世絵も花魁を描いたり春画でしたね。

遠かったので無理だったのはよくわかりますが、
18、19世紀のヨーロッパの画家の誰かが、
日本まで来たのならどんな絵を描いたことでしょう!

ゴーギャンがタヒチまで行ったのだから、
なかった話しでもないかもですよね。

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