ゴッホの生涯がわかる3枚の肖像画

ゴッホの生涯は興味深いことが多いですが、
「自分の耳を切り落とす」
という衝撃的なことが印象に残り、

他に何があったかな?

と、思う人もいるのではないでしょうか。

今回はゴッホの生涯に
関わりの深い3人の肖像画から、
ゴッホの生涯を見たいと思います。

ゴッホの生涯は不幸だけ?

ゴッホは狂気の人であるとか、
絵が売れない不幸な人とか、

良くないイメージばかりが先行していますが、
本当にそうだったのでしょうか?

不幸だけでそれらの絵が描けるとは思えないのです。

弟テオ

ヴィンセント・ファン・ゴッホの
弟テオドルス・ファン・ゴッホ

通称、テオ
(この記事内のゴッホはヴィンセントのこととします。)

優秀な画商であったテオはゴッホを
精神面でも金銭面でも支えました。

Self-Portrait or Portrait of Theo van Gogh Vincent van Gogh, Summer 1887

これはゴッホの肖像画とされていたのですが、
2011年テオの肖像画と判明したと、
ウィキペディアには載っていましたが、

所蔵されている
オランダのゴッホ美術館の表記は
「自画像もしくはテオの肖像」
となっています。

テオと手紙

ゴッホ美術館が
全てのゴッホの手紙を保管していますが、
弟テオに当てた手紙は651通。
文脈から失った物もある様です。

初めての手紙がゴッホ19歳で、
それから亡くなる37歳までの18年間。
延べで考えると月に3通以上になります。

↑こちらの手紙はゴッホがテオに宛てた「ひまわり」についての構想。

詳しくはサイト内関連リンク
「ひまわり」の絵画は結局ゴッホ。世界に散らばる7つの「ひまわり」

パリの中心地で、優秀な画商であったテオは
兄ゴッホの才能を理解し、
経済的にも精神的にも援助していました。

売れない絵を描く兄を支えていたイメージですが、

膨大なゴッホ美術館のコレクションを
できれば全部見てみて下さい。↓
Van Gogh Museum Collection

テオが、いつか兄の才能は理解されると信じるのも分かります。

テオの最後

兄のゴッホが亡くなった
翌年に弟のテオは精神病院で衰弱しなくなりました。

別々の場所で亡くなりましたが、
やはりゴッホの理解者であったテオの妻が
テオの墓をゴッホの隣に移しました。

テオの妻とも親交は深く、
651通の手紙のうち83通は宛名に妻の名前も書かれていました。

弟夫婦に子供ができた時、
ゴッホが彼等に送った絵がこの
「花咲くアーモンドの木の枝」

Almond Blossom
祝福を感じますが、どうですか?

これは亡くなる半年前の作品ですが、
南フランス、サン=レミ=ド=プロヴァンスの
精神病院で療養中に描いています。
この療養中描いた絵は優しさに溢れています。

メトロポリタン美術館にある
同時期の療養中に描かれたこの2点。
優しさがある花の絵ですよね。

Vincent van Gogh (Dutch, Zundert 1853–1890 Auvers-sur-Oise)
Irises, 1890
Oil on canvas; 29 x 36 1/4 in. (73.7 x 92.1 cm)
The Metropolitan Museum of Art, New York, Gift of Adele R. Levy, 1958 (58.187)
http://www.metmuseum.org/Collections/search-the-collections/436528

Vincent van Gogh (Dutch, Zundert 1853–1890 Auvers-sur-Oise)
Roses, 1890
Oil on canvas; 36 5/8 x 29 1/8 in. (93 x 74 cm)
The Metropolitan Museum of Art, New York, The Walter H. and Leonore Annenberg Collection, Gift of Walter H. and Leonore Annenberg, 1993, Bequest of Walter H. Annenberg, 2002 (1993.400.5)
http://www.metmuseum.org/Collections/search-the-collections/436534

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サイト内関連リンク
かんたん安く。あの有名な絵画をインテリアに!
メトロポリタン美術館で印象派
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同居人ゴーギャン

ポール・ゴーギャンとゴッホのエピソードと言えば、

同居が上手くいかず常軌を逸したゴッホが
自分の耳を切り落としてしまった。

このインパクトがあまりにも強いのですが、
苦しみの前には必ず幸せな時もあったはずです。

ゴーギャンをアルルの家に
迎え入れるために描いたひまわり。

迎え入れる家は黄色い家

同居中2人で描いた絵は
オレンジのアリスカン

明るい生き生きとした色合いから
充実した2ヶ月だったのが伺えます。

ゴーギャンがこの時期のひまわりを描くゴッホを描いています。

そして、同居解消の後
タヒチへ渡ったゴーギャンですが、
タヒチでひまわりを描いています。


この一枚で2人の同居が
不幸な出来事ばかりではなかったのではと思いませんか?

ゴッホが描いたゴーギャンの肖像画↓
Portrait of Gauguin Vincent van Gogh, December 1888

画材屋タンギー爺さん

パリの小さな画材屋の店主だった
「タンギー爺さん」
Julien-François Tanguy (1825-94)

画材を買うお金がない画家からは、
作品と画材を交換していたそうです。

もちろんゴッホもその一人。
数少ないゴッホの葬式に参列した人でもあり、
亡き後も画材屋のギャラリーに
ゴッホの作品は飾られていたそうです。

ゴッホはタンギー爺さんの肖像画を
3枚残しています。

一枚目はデンマークの美術館が所蔵している
茶色が基調の肖像画。

https://www.glyptoteket.com/

2枚目は歌川広重などの浮世絵を背景に
タンギー爺さんが描かれています。

PÈRE TANGUY
フランスのロダン美術館所蔵。

3枚目は個人所蔵。

ゴッホは浮世絵のコレクターでもありました。
浮世絵を通して日本に憧れ
浮世絵の様な光を求め、
南フランスへ移り住んだ程です。

画材屋さんと画家という
割り切った関係ではなく、

思いが込められた相手だからこそ、
熱心に集めた浮世絵と共に描きたいと思ったのではないでしょうか。
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サイト内関連リンク
5枚で解説。モネの絵画はここへ行け!
浮世絵ならアメリカの美術館
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ゴッホの生涯が分かる肖像画まとめ

ゴッホの生涯が分かりやすくなる3人とその肖像画を紹介しました。

人生を共に歩んだ弟のテオ、

芸術家として高め合ったゴーギャン、

家族的愛情があったかもしれない、
画材屋のタンギー爺さん。

ゴッホの生涯に大きく関わった3人です。
この3人を中心にゴッホについて見て行くと、
より深くゴッホの作品を見れることでしょう。
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