オキーフとかの子の不倫論

アメリカの画家と言えば
必ず上がって来る名前の一つ

「ジョージア・オキーフ」
(Georgia O’Keeffe)

アメリカの画家らしい経歴を見ると
眩しくて、憧れますが…

彼女の絵の裏には
大きな苦しみが隠れていました。

ジョージア・オキーフと言う女性

五大湖沿いにあるウィスコンシン州。

そこで農家の移民両親の
7人兄弟の長女として生まれました。

10歳の時にアーティストになろうと考え、
地元のアーティストから水彩画を習っていたそうです。

シカゴ美術館付属大学をトップの成績で卒業。

ニューヨークの芸術学校
アート・スチューデンツ・リーグに入学し、

現在のパーソンズ美術大学の創設者
ウィリアム・メリット・チェイスの元で絵を描き注目されます。

父が破産、母は結核になり
経済的に困窮した家族を救うため
シカゴに戻り、商業芸術家から教師に。


↑オキーフ初期の絵、
死んだウサギと銅のコップ 1908年
アート・スチューデンツ・リーグ所蔵

教師をしながら、
アーティストとして描き続け、
アメリカで初めて抽象画を描き始めます。

注目をされたオキーフの絵は
ニューヨークの五番街にある
「291ギャラリー」に展示されることになります。

ここで…運命の出会い。

ギャラリーのオーナーで
画商で写真家の

「アルフレッド・スティーグリッツ」
と出会いました。

1918年、第一次世界大戦が停戦した年に
スティーグリッツの経済的サポートにより
オキーフはニューヨークに移ります。

オキーフとスティーグリッツ

1893年
スティーグリッツ29歳で9歳下のエミーと
エミーの親の財産があるが故の
愛のない結婚をしました。
(と、本人が書いているそうです)

1916年、
スティーグリッツはオキーフの絵と出会い、
291ギャラリーへの展示を働きかけます。

1917年
スティーグリッツのオキーフへの熱が上がり、
文通で深く知り合います。
そしてエミーとの結婚を解消を決意。

1918年
オキーフはスティーグリッツから
アトリエを用意してもらいテキサスからニューヨークへ。

スティーグリッツは自宅に彼女を招き
エミーのいない間にオキーフのヌード写真を撮影。

エミーに関係を疑われ、
自宅を出てオキーフと同棲、恋愛関係となる。いや、不倫関係ですね。

1918〜1925年まで
350点ものオキーフのポートレイトを撮影しています。

スティーグリッツの代表作でもあります。

1924年
スティーグリッツ裁判により離婚成立。
オキーフと結婚。

1927年
スティーグリッツは
22歳のドロシーにのぼせ上がる。

オキーフは夏にはニューメキシコに行くが、
スティーグリッツは持病のため
ニューメキシコには一緒には行けず、
オキーフが夏にいない間にドロシーの撮影を増やしていった。

この頃からオキーフはうつ病にも悩まされていました。

スティーグリッツとドロシーの関係は続き、
オキーフは徐々に
ニューメキシコにいる期間が長くなっていった。

1930〜32年オキーフは絵が描けなくなる。
1933年には神経症で入院。

1946年
スティーグリッツが脳卒中で病床にいた時、
ドロシーが病院で付き添っていたのですが、
最後を看取ったのはオキーフでした。

1949年、
オキーフはニューメキシコに移住します。

1946年以降彼女が描いた、
空にはしごが浮いた絵
Ladder to the Moon 1958
↑ホイットニー美術館所蔵

雲の上の空
Sky above the CloudsIV 1965
↑シカゴ美術館所蔵

等の絵を見ると、
スティーグリッツに対する思いが伺えます。

不倫とオキーフ

今の社会を構成するために
一夫一妻の婚姻制度が存在し、
そこから外れた恋愛を不倫とするのですが、

オキーフを中心に見た場合、
最初のオキーフの恋愛を
不倫で叩き切ってしまうのは心苦しくなる
ピュアな恋愛だと思えるところもありませんか?

元妻からしたら
とんでもない不倫女ですけどね。

そして、その後不倫をされるわけですが、
最期を看取るのは正妻であるオキーフ。

恋愛とは?結婚とは?

ただ、
2014年女性画家として最高額、
4440万ドル(約53億円)で取引された絵画

「Jimson Weed」
(1932年←神経症で入院する前年)


この絵が現代でも高値で取引されるのは、

このような愛憎が渦巻いていたからこそ…
なのかもしれません。
↓オキーフ公式HP
Georgia Okeeffe

不倫を超えた女性アーティスト

小説家で歌人、岡本太郎の母である

「岡本かの子」

オキーフとほぼ同じ時代を生きたかの子。

20歳で結婚し、
夫の放蕩により神経を病んでしまいます。

ですがここで、
彼女を慕う4歳年下の学生と
同居するようになります。

驚くのは、
夫、子供込みで同居です。

しかし、
この生活で一番苦しんだのは
この学生だったようで、
学生から出て行ってしまったそうです。

28歳まで、宗教に救いを求め、
少し落ち着いた生活をしていたかの子ですが、
また学生と恋に落ち同棲。

もちろんまた家族込み。

34歳のかの子。
学生はいつの間にかいなくなり、
診察をしてもらっていた
一回り年下の医師と恋に落ちます。
そして紆余曲折あった後、

また同棲。
家族込み。

どころか、

夫が頼み込み、
一緒に住んでもらったそうです。
そのぐらい夫一平はかの子と離れたくなかったんだそうです。

オキーフとスティーグリッツの
晩年に近い世界がありますね。

うーん、そうでもないか。
岡本かの子の方がぶっとんでいるな。

医師の他にも愛人が二人いたんです。
なんかもうノーコメント。

まとめの名言

オキーフはニューメキシコに移り住み
98歳で亡くなります。
かの子は49歳で亡くなりました。

最後にオキーフとかの子の名言を

“I feel there is something unexplored about women that only a woman can explore.”
「女性だけが探求できる、まだ探求できていない女性の何かがあると思うのです。」

「人生は悟るのが目的ではないです。生きるのです。」

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