「アルフォンス・ミュシャ」の四季

「すべての芸術は自然の模倣に過ぎない」
ルキウス・アンナエウス・セネカ

ローマ時代の政治家,哲学者であった
セネカの名言の一つ。
これを聞いた時思い出したのが

「アール・ヌーヴォー」

自然をモチーフにした、
柔らかくて華美な装飾を建築や美術品に施した物です。

自然の美しさをそのまま、
いえ、余分な線を消しシンプルにすることで美しさを際立たせる。

人は自然の中の不自然に落ち着きを見出せるのです。

そんな自然の美しさと
女性美を取り混ぜた、
アールヌーヴォーを代表する画家が

「アルフォンス・ミュシャ」
植物の装飾ももちろん素晴らしいのですが、
柔らかい、優しく美しい女性が魅力的ですね。

女性を描いているけど、
どろっした女性感がない(と私は思う)
女の私も惹かれる女性を描くミュシャについて書いてます。

自然の模倣するのがアートなのか?

人間・動物・植物…
結局アートのモチーフには
このどれかが由来となっています。

抽象画で感情などを表していても、
感情は人間由来。
社会現象も人間由来。

例えば、ロボットやAIにしても人間や動物の模倣です。

自然の模倣者ミュシャ

「アルフォンス・ミュシャ」
Alphonse Mucha

1860年
チェコスロバキア東部生まれ。
日本では「桜田門外の変」があった年です。

1887年パリへ。
タヒチの女性の絵で有名な
ゴーギャンとも交流があったそうです。

雰囲気は違いますが、
ゴーギャンの女性と自然を描く源流に
ミュシャもいたのかもしれませんね。

1894年
日本では日清戦争が始まった年、
パリで仕事をしていたミュシャに
緊急のお仕事が入りました。

当時の大女優
サラベルナールの舞台
「ジスモンダ」の
ポスターの依頼です。

完成したポスターは人目を引き、
一夜でミュシャは有名人となったなのです。

今ならハリウッドスターに
動画をシェアしてもらった翌日の様な感じだったのでしょうか?

今見ても何度も見返したくなるほど美しいポスターです。

Gismonda 1894
パブリックドメインなのでダウンロードできます。

この作品以降は、
多くのポスターが残るミュシャらしいものになっていきました。

後期のミュシャ

ミュシャは自身の歴史
スラブ人(東欧からロシアの辺りの民族)を絵で表現する
「スラブ叙事詩」の構想を持っていました。

The Slavonic Epic 1926

その資金集めのため1904年以降何度かアメリカを訪れています。

そこで資金調達をし、
1910年以降はチェコで活動。

切手、通貨、国章のデザインもしています。

1939年
ドイツ軍がチェコスロバキアに進駐。
スラブ民族思想は避難され、
ミュシャはゲシュタポに逮捕されてしまったのです。

解放されたものの、その年に病気で死亡。

理不尽な時代です。
唇を噛み締めてしまいます。

大阪とミュシャ

全盛期のポスター
一つ一つ味わいたいですよね。

日本でミュシャを味わいたいのであれば
大阪,堺市に
世界有数のミュシャコレクションの美術館があるのです。

ミュシャ本人の歴史も興味深いのですが、
このコレクションの歴史も興味深いですよ。

美術館の正式名称は
堺市立文化館
堺 アルフォンス・ミュシャ館

これは堺市に
500点以上のミュシャコレクションが
寄付されたことで出来たのです。

堺 アルフォンス・ミュシャ館の様子の動画。

そのコレクションは
今はもうない「カメラのドイ」の
創業者、土居君雄氏のものでした。

日本に始めてミュシャを紹介したのも
カタカナで「ミュシャ」の表記を統一したのも
この土井氏だったそうです。

土井氏は資産を遊興に使うことなく、
ミュシャとBMWのコレクションに
つぎ込んでいたのでいました。

没後、家族のゆかりのある
大阪、堺市に全て寄付したそうです。

堺市は「仁徳天皇陵古墳」の横を
車で通ったことしかないのですけれど、
まさかこんなお宝のある場所だったとは!

次回関西に行ったら
必ず行きたい場所になりました。

アルフォンス・ミュシャの四季

ミュシャの描いたポスターのシリーズに、
四季の花と女性を描いた美しいシリーズがあります。





はぁ…きれい。
もう説明いらないですよね。
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ミュシャの模写で心を癒す

ミュシャにまつわる個人的な話ですので、
必要ない方は飛ばしてください。

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私は心の病で、
自分の絵は下手だと思い込んでいたんです。
下手どころか、
描いてはいけないと思い込んでいました。

自分の顔が汚いと思う
「身体醜形障害」に似た
「強迫性障害」の一種だったと思います。

描いても描いても自分で勝手に
「下手だから描いてはいけない」
と、当時は本気で思っていたんですね。

だから、
画材ですら買ってはいけない
と自己催眠にかかっていたようで
一番酷いときは

文房具店にいるだけで
苦しくなっていたんです。

絵をテーマにカウンセリングを始めて、

半年後…

文房具を買えるようになり
絵の具を見ることが出来るようになり、

でもまだ買えなくて

泣きながらカウンセリングで
事実確認をしながら
(絵の具はいくらで、お金はどのぐらいあって、
買うことで生活は困らないとかの確認)

さらに半年後、

ついに、
セールで半額だった
絵の具や画材を買うことが出来てからは、

逆に反動で、買いすぎた時期などを通り越し、
なんとか安定して絵が描けるようになりました。

それでも一年ぐらいは
カウンセリングと共に絵を描いていました。

カウンセラーの先生と話さないとすぐに
「私は絵が下手、描いてはいけない。」
と、頭に浮かんできて大変でした。

そんな,まだ不安定だった頃、
それでも、自分のスタイルの絵を模索している中で
ミュシャの絵と出会いました。

最初は人物と植物を
織り交ぜて描きたいと漠然と思い
何となく,模写してみたんです。

その模写は、今なら自分でも
模写できてると思うのですが↓

これを描いた時は
ミュシャの女性の線の
柔らかさに打ちのめされ

「やっぱり私は絵なんて描く能力ないんだ。」

と、泣き濡れていました。

そのぐらいミュシャの絵が
美しくパワーあると言うことなんですけど。

今は、私も別の切り口でパワーを使えば良いことが分って
描き続けています。

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