[ちょいエロ]忘れられた巨匠フラゴナールのブランコ

今回の記事では

18世紀、ロココ時代を代表する画家、
フラゴナールの歴史と、
ちょいエロ絵画がわかります。

貴族の密やかなエロスと同時に
聖なる愛の追求もしていた画家でした。

フランス革命と言う歴史の渦に巻き込まれ、
一時期歴史から消えた巨匠でもありました。

フラゴナールのブランコ以外も

ジャン・オノレ・フラゴナール
(Jean Honoré Fragonard)
1732年-1806年

フランス革命が
1789年−1799年

華やかな貴族を顧客とし、
貴族の華やかでエロティックな情景を描いた画家でしたが、

フランス革命以降50年、
美術史に名前が載らない程、
栄光を歴史に吸い込まれた切ない画家です。

その後再評価が始まり、
現在はロココ時代の画家の巨匠として名を残しています。

ロココ文化は、
華美な装飾を伴った貴族文化と言えます。
特にルイ15世の時代が中心です。

フラゴナールは
ロココ時代の後期の画家となります。

↓メトロポリタン美術館所蔵(日本語)
恋文,1770年頃

無邪気の真逆だった「ブランコ」

フラゴナールの最も有名な絵画の一つが
「ブランコ」(The Swing)

描かれた当時付けられた名前が、
「ブランコの幸せなアクシデント」
(The Happy Accidents of the Swing)

ディズニーの映画に使われていたから、
無邪気な少女がブランコで楽しんでいる絵だと思わせますが、

実際は、ある貴族から…

「愛人がブランコに乗りスカートがめくれ、
その下に自分がいる様に描いてくれ」

と、依頼されたもの。

この時代の女性は、
ドレスの下には下着を付けていません。

ロココ調の上品な衣装と風合いに
騙されてしまいますが、

かなりの破廉恥絵画です。

絵の左側にいる天使の像が
彼等が秘められた関係であることを示しています。

この絵をフラゴナールに依頼する前に、
やはりロココ時代の画家、
ガブリエル=フランソワ・ドワイアンに依頼したそうですが、

「軽薄すぎる仕事だ」と拒否したそうです。

The Swing 1767
↑イギリス、ウォレス・コレクション所蔵

フラゴナールのエロス全開「かんぬき」

フラゴナールを代表する絵画のもう一枚が、
1777年に描かれた、
「かんぬき」(The Bolt)

寝室で絡み合う恋人達の絵です。

そして寝室をロックするのに、
「かんぬき」を使っていたのですね。

この絵をよく見ると、
情熱的な寝室のシーンではなく、
女性はとてもいやがっている様子。
部屋にある物も乱雑です。

ちょっと女性としては見たくない絵です。

この世俗的愛を描いた「かんぬき」と、
フラゴナールの神聖な絵画
「羊飼いの礼拝(1775)」

この2つの相反する「愛」を描いた絵画が
ルーブル美術館で展示されているのには、

「自由な愛」と「宗教的愛」の
対比する愛を表現したかった
フラゴナールの意志を示しているそうです。

↓ルーブル美術館所蔵
「かんぬき 1777」(日本語)

↑「羊飼いの礼拝 1775」

フランス革命

フランス革命により、
顧客が貴族であったフラゴナールは
仕事を失いました。

彼の顧客達はみんな
ギロチンによる死刑か追放されたのです。

1790年、
フラゴナールも親戚を頼り、
パリを離れることにしました。

19世紀に入り、パリへ戻りましたが、
画家として誰にも注目されることはなく、
ひっそりと亡くなりました。

↑フランス革命後1800年−1806年の間に描かれた自画像

フラゴナールの血筋の有名画家「ベルト・モリゾ」

フラゴナールの姪の子供(大姪)が、

印象派の女性画家、
ベルト・モリゾ
(Berthe Morisot)

ブルジョア家系に生まれ、
教養として芸術を習いました。

その後23歳で姉と共に
「サロン」で入賞をします。

その後知り合った
エドゥアール・マネのモデルをしました。

今ではマネのこの絵が
まるでベルト・モリゾの代表作の様です。

またベルト・モリゾは
エドゥアール・マネの
弟、ウジェーヌ・マネと結婚します。

そして娘「ジュリー・マネ」が生まれます。

ルノワールが描いている「ジュリー・マネ」は
モリゾの娘だったのです。

Julie Manet with cat 1887


Portrait de Julie Manet 1894

ジュリー17才で
母のモリゾは肺炎で亡くなります。
その2年前に、
父親のウジェーヌ・マネも病気で亡くなっていました。

ジュリーは16歳で孤児となりましたが
評論家のマラルメ、
画家のドガ、ルノワールが後見人となりました。
後に彼女も画家となります。

ドガは姉のイブ・モリゾを描いています。

Yves Morisot 1869

画家モリゾ本人の絵がありませんでした。

モリゾの描いた家族は
印象派の絵の特徴を生かした、
母親らしくとても愛情溢れたものです。


Child among the Hollyhocks, 1881


Eugene Manet and His Daughter in the Garden 1883

↓父親のウジェーヌ・マネが
亡くなった年の絵です。
泣き腫らした目なのかな?

Girl with Greyhound 1893

フラゴナールのブランコ以外の絵画まとめ

ロココの巨匠フラゴナールの優雅な絵画は、

貴族の隠されたエロスを
満足させるために描いた俗っぽいものでした。

とは言え、確実な画力で描かれた
これらの絵は、いやらしさだけでは語れません。

フランス革命が
フラゴナールの華々しい経歴を消してしまったことも切ないですね。

時代は変わって大姪の「ベルト・モリゾ」も、
充分な絵の才能があったにもかかわらず、

自分の絵よりも自分がモデルとなった
マネの肖像画の方が有名なのは皮肉です。

若い娘を残して亡くなったのも
切ない人生です。

今回の記事を参考に、
また違う角度から絵画を楽しんでみて下さい。
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