フェルメールの絵[3つの災難]

今回の記事では
フェルメールの絵に降り掛かった3つの災難が分かります。

フェルメールを違う角度から知りたい人必読

アートと歴史と人が好きなマミーが
フェルメールに敬意を込めて書いてます。

フェルメールの絵の受難

バロック期のオランダの画家、

ヨハネス・フェルメール
(Johannes Vermeer)

有名なこの絵を描いた人です。

Johannes Vermeer, Meisje met de parel, c. 1665
↑マウリッツハイス美術館所蔵

古い絵画は劣化のみならず、
戦争、天災、
意図しない紛失から、

意図的な破壊、盗難、
修復の失敗などなど

現在美術館に残されている絵画は
例え無名の絵画であれ、

それだけで十分運を持った貴重なものなのです。

その中でも、
人気画家、フェルメールの作品には
とりわけ災難が降り掛かっていました。

戦争→不況からのフェルメールの死

フェルメールが40歳になった
1672年、
第3次英蘭戦争が勃発

オランダ経済の低迷、
パトロンの死、
若手画家の台頭、

フェルメールの作品は戦争が始まり
1点も売れなくなりました。

The Art of Painting 1666-68
↑ウィーン美術史美術館所蔵

そして、1675年夏、
1000ギルダーの借金をした記録があり、
その冬、43歳で亡くなります。

11人の子供(内8人未成年)がおり、
彼らに負債が行くことを気に病んでいたのだそうです。
死因は不明。

もともと寡作で
年に2,3枚の絵をじっくり描くタイプだったフェルメールが、
画家として成熟してくる40歳代で幕を閉じてしまいました。

↓経済が悪くなり始めた頃描かれた絵

A young woman seated at a virginal 1670-72
↑ロンドン、ナショナル・ギャラリー所蔵

ナチスを騙したフェルメールの贋作

オランダの画家であり、画商でもあった

ハン・ファン・メーヘレン
(Han van Meegeren)

彼が画家となった20世紀初頭は、
ダダやキュビズムなど、
現代アートの始まりの時期。

画家として優秀であったのに、
あまり評価をされない、

そんな時代が彼を
贋作ビジネスの道へ引入れました。

↑メーヘレンのオリジナルドローイング

メーヘレンが贋作画家として有名になったのは、
1945年、
ナチス・ドイツの残したコレクションから、
誰も知らないフェルメールの絵画が見つかったことでした。

連合軍が、そのフェルメールの絵を購入した
ドイツの銀行家を問い詰めたところ、
メーヘレンから購入したことがわかり、

メーヘレンはナチスの協力者、
オランダの文化財略奪の罪で逮捕されました。

重い懲役から逃れるため、
メーヘレンはついに贋作であることを告白。

当初信じてもらえず、
裁判中に贋作を作り上げることで
なんとか信じてもらえました。

偽証罪となり禁固1年の軽いものとなりましたが、
上訴している間に心臓発作で亡くなります。

裁判中、ナチス以外にオランダの
ボイマンス・ヴァン・ベーニンゲン美術館に
フェルメールの贋作を売却していたこともわかりました。

その贋作は今でも
その美術館に所蔵されています。

Christ at Emmaus 1937

ルパンではなかったけど…盗難5回!

フェルメールの絵画が盗まれたのは、
これまで4作品5回。

内1点「合奏」は
アメリカ、ボストンにて、
1990年に盗まれ未だに行方不明です。

THE CONCERT 1663-66
↑イザベラ・スチュワート・ガードナー美術館の「合奏」のページ

美術館設立をしたイザベラの遺言により、
美術品は永続的に展示することになっているため、
盗まれた絵の場所には額だけが展示されています。

↓美術館の盗まれた絵画についてのページ
LEARN ABOUT THE THEFT


↑この写真は一緒に盗まれた
レンブラントの「ガラリアの海の嵐」が展示されていた額。

盗まれた絵画13点が
無事に返還される有力情報には
1000万ドル出すそうですよ。

↓盗まれた13点が分かります。
ABOUT THE THEFT

その他盗まれたことのある
フェルメールの絵画を以下に。

1971年「恋文」
ベルギーに貸出ていた時に盗難。
ナイフで切り取られ絵の具の剥離など
大きな損傷がありました。

↑アムステルダム国立美術館所蔵

1974年「ギターを弾く女」
IRA関係により盗まれたと思われてます。
墓地に置き去りになっているのを発見されました。

↑ロンドン、ケンウッドハウス所蔵

1974年、1986年「手紙を書く女と召使い」
1回目はIRA活動家の逮捕により絵が発見され、
2回目は闇市場での転売目的で、犯人逮捕により絵が戻りました。

↑アイルランド国立美術館所蔵

フェルメールの絵の災難まとめ

フェルメールの絵は
精密な美しさ、
数が少ないこと、
作品サイズが小さいことが特徴です。

そのフェルメールの絵に降り掛かった3つの災難は、

1,経済困窮
フェルメールは晩年戦争から始まったオランダ経済の不振で、
絵が売れなくなり、
フェルメール死因とも関係しているようです。

2,贋作
ナチスを騙したメーヘレンのフェルメールの贋作は
騙された美術館が未だに所蔵するほど価値のあるものとなりました。

3,盗難
4枚5回の盗難にあったフェルメールの絵。
一枚は未だに行方不明です。

フェルメールの絵は価値の割に、
サイズが小さいので狙われやすいのだそうです。

そして、
この記事のトップに使われていた画像は
フェルメールのものではありません。
4
The Smiling Girl c. 1925
この画像は作者不明のフェルメールの偽物。
↑ワシントンナショナル・ギャラリー所蔵

でした。

最後まで記事を読んでいただき
ありがとうございました。

さらなる情報、ご意見ご感想、
体験談などコメントいただけたら嬉しいです。
Yukiyo mommy
ーーーーー
サイト内関連リンク
[初心者向け]絵の練習に模写したい肖像画3選 
シュルレアリズム?いえ…ルネサンスの[ボス]
ダヴィンチの絵を楽しむ3知識
「異端児」カラヴァッジオで見るキリスト教絵画
ーーーーー

ニューヨークから気まぐれにアート情報を送っています。

Subscribe

* indicates required



ラインからもお送りします。

ーーーーー




コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA