画家3人の「アルジェの女たち」

「アルジェの女たち」は、
アルジェリアに住む女性達を

19世紀ロマン主義の画家ドラクロワが描き、
後世の画家達に影響を与えました。

今回の記事では
ドラクロワの「アルジェの女たち」
ルノワールの「アルジェの女」
ピカソの「アルジェの女たち」

この3人の「アルジェの女」たちを通して、
アルジェリアがヨーロッパの画家たちに
何を与えたのか見てみます。

アルジェの女はアルジェリアの娼婦たち

アルジェリアはアフリカ大陸の北側にある国。
スペインから、モロッコへ舟で渡り、
モロッコの東隣の国です。

その首都がアルジェ(Algiers)。

首都であるアルジェには
スルターン(アラブの君主の称号)が住んでおり、

スルターンのために集められた
女性たちが住むハレムもありました。

ハレムは江戸時代の大奥の様な役割だった様です。

↑ドラクロワの描いたスルターン

ドラクロワのアルジェの女たち

1832年、
フランス政府の外交使節の記録画家として、
ドラクロワはモロッコへ行きました。

詳しくはこちらの記事にも書いています。
ーーーーー
サイト内関連リンク
ドラクロワとモロッコ旅行
ーーーーー

この時にアルジェリアにも立ち寄り、
アルジェの女たちを描きました。

アルジェの女たち
ルーブル美術館所蔵。

この時代において、
革新的な絵画を次々とサロンに発表していたドラクロワ。

悲惨な戦争の姿をリアルに描き、
その中でも有名なのが
「民衆を導く自由の女神」

これもすばらしいのですが、
モロッコから帰ってからの
作品は「アルジェの女たち」も含め、
光の強さ、鮮やかさが違っています。

この強く鮮やかな
モロッコやアルジェリアの光が
後のフランスの画家達に影響を与え、
「印象派」「ポスト印象派」を生み出した。
と言うのも大げさではないのです。

後述するルノワール、ピカソのみならず、
マティス、ゴッホ、ゴーギャン、セザンヌ…
皆ドラクロワを絶賛し影響を受けています。

ルノワールのアルジェの女

ルノワールは、1870年に2枚の
「アルジェの女」を描いています。

一枚目は、モデルのユダヤ人女性
ストーラがアルジェリア風の服を着ているもの。

Madame Clementine Valensi Stora(L’Algerienne)
カリフォルニア・リージョン・オブ・オーナー美術館所蔵。

もう一枚は「オダリスク」(ハレムの別名)

こちらは当時のサロンで入賞した作品。
よく知るルノワールの画風ではなく、
この流れで見ると
ドラクロワの画風に限りなく寄せていますね。

Odalisque 1870

この光の強さは、モネと共に描いた
1869年「ラ・グルヌイエール」により、
見つけた光の影響もあるのでしょう。

ーーーーー
サイト内関連リンク
5枚で解説。モネの絵画はここへ行け!
ーーーーー

1872年には
ドラクロワへのオマージュとして、
「アルジェリア風のパリの女たち」を描いています。

アルジェリア風のパリの女たち
国立西洋美術館所蔵。

まだまだドラクロワへの憧れは続き、
1881年、
ルノワールはアルジェリア旅行をしています。

そこで描いたのがモスク

La mosquéeen 1881
オルセー美術館所蔵。

実際に旅をしたことで、
ついにアルジェリアの光をルノワールの物にしました。

ピカソのアルジェの女

ピカソはルーブル美術館に通い、
ドラクロワの「アルジェの女たち」を何度も見ています。

アルジェリアは
1830年からフランスの支配下にありました。

1832年ドラクロワがアルジェリア訪問。
1834年に「アルジェの女たち」を描いています。

そこから、アルジェリアは独立をしようと
1954年アルジェリアの民族闘争が起こり、フランス国内の政治も混乱が始まりました。

ドラクロワの「アルジェの女たち」を見ていたピカソは
この闘争をきっかけに作品制作に取りました。

ピカソの「アルジェの女たち」は
第2のゲルニカとして制作されたのです。

その思いが分かるのが、作品の点数。
それぞれアルファベットが割り振られ、
AからOまでの15点の連作になっています。

・バージョン「A」
シリーズの一枚目は、
アメリカ、コネチカット州にある
ワズワース・アテネウム美術館にあります。
Wadsworth Atheneum Museum of Art
The Women of Algiers (after Delacroix)

Picasso 1994.2.2 c 16, 10/3/02, 3:05 PM, 16C, 7584×7950 (288+1442), 100%, picasso 10-3c, 1/25 s, R63.9, G41.0, B53.1

・バージョン「B」 
個人所蔵

・バージョン「С」 
スイスの「Courtesy Nahmad Collection」
イギリスのテート美術館の解説
The Women of Algiers

・バージョン「D」
ロサンゼルス・カウンティ美術館所蔵。
The Women of Algiers, after Delacroix

・バージョン「E」
サンフランシスコ近代美術館所蔵。
1955, USA, San Francisco, SFMoMA

・バージョン「F」〜「H」
個人所蔵

・バージョン「I」
カリフォルニア州パサデナにある、
ノートンサイモン美術館所蔵。
Women of Algiers, Version “I”

・バージョン「J」〜「M」
個人所蔵

・バージョン「N」
ルイジアナ州、セントルイス
ワシントン大学のケンパー美術館所蔵。
Les femmes d’Alger (Women of Algiers), Variation “N”

・バージョン「O」
個人所蔵ですが、

2015年の時点での最高落札額
1億7900万ドル(約215億円)で落札され話題になりました。


アラブの元首長でアートコレクターの富豪が購入した様です。

ーーーーー
参考サイトリンク
Women of Algiers. Pablo Picasso
ーーーーー

ピカソが「アルジェの女たち」のシリーズを
描き始めた理由のもう一つに、
1954年に亡くなった、マティスへの追悼もありました。

マティスも「オダリスク」(ハレム)の絵を多く描いてます。

3人の「アルジェの女たち」まとめ

3人の画家の「アルジェの女」たちを見てみました。

ドラクロワが表現したアルジェリアの光、
それを19世紀末の画家たちに影響を与え、
「印象派」が生まれ、
さらに「ポスト印象派」から
「モダニズム」にも影響を与えていました。

今回の記事の「アルジェの女」たちから、
もう一度近代のアートを見なおして楽しんでみて下さい。
ーーーーー
サイト内関連リンク
メトロポリタン美術館で印象派
ーーーーー

ニューヨークから気まぐれにアート情報を送っています。

Subscribe

* indicates required



ラインからもお送りします。

ーーーーー




コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA