絵画でわかる!フランス革命

この記事を読むと、
フランス革命の大きな流れと、
それにまつわる絵画と
その所蔵先が分かります。

アートも大好きだけど、
実は歴史も大好きな私がまとめました。

絵画を軸にフランス革命

フランスのブルボン王朝は
1589〜1830年(1792〜1814年除く)
日本の江戸時代は1603〜1868年

似た時期の長期封建体制、
日本では庶民の文化が花を咲かせましたが、
フランスの庶民はどうだったのでしょう?

明治維新は志し高い侍から始まりましたが、
フランス革命は庶民の怒りから始まります。

↑フランス革命の頃の日本の絵。

華やかな王宮と98%の庶民

1773年「ボストン茶会事件」をきっかけに、
アメリカはイギリスと独立戦争を始めました。

当時のフランスにとってイギリスは敵国。
フランスはアメリカに巨額の軍事支援をしたのです。

その資金はフランスの98%を占める
平民クラスの納税者からのものでした。

残りの2%、
0.5%の聖職者と1.5%の貴族。

貴族達は苦しむ平民を横目に
贅沢な暮らしをしていました。

この頃のブルボン王朝の
絶対君主が「ルイ16世」でした。

Louis XVI, King of France (1754-1793)
↑ヴェルサイユ宮殿所蔵
「ルイ16世肖像画」


Louis XVI,1787
↑メトロポリタン美術館所蔵の
「ルイ16世大理石彫刻」


Portrait of Louis XVI,late 18th century
↑メトロポリタン美術館所蔵の
「ルイ16世肖像画」

そしてその妻、
オーストリア、ハプスブルグ家から嫁いできた
「マリー・アントワネット」

Marie Antoinette, Queen of France (1755-1793)

http://collections.chateauversailles.fr/#8a42d773-63da-4338-a54b-42e17eb562f7
↑ヴェルサイユ宮殿所蔵のマリー・アントワネット肖像画。


Portrait of Queen Marie-Antoinette
↑メトロポリタン美術館所蔵のマリー・アントワネット肖像画。

フランス革命の引き金にもなった、
貴族の贅沢な暮らしはヴェルサイユ宮殿で見られます。
Chateau Versailles

ヴェルサイユ宮殿の所蔵品を検索するならこちら。
Collections Chateau Versailles

フランス革命直前の「球戯場の誓い」

1789年5月、
3つの身分(聖職者・貴族・平民)で構成される議会

「三部会」が開催されました。

しかし、不平等な形式に平民代表は不満を抱きます。

そこで「国民議会」を作り
“憲法ができるまでは解散はしない”
と、誓いました。

これが「球戯場の誓い」です。

Serment du Jeu de paume
↑ヴェルサイユ宮殿所蔵。


こちらの絵は
ハーバード大学の美術館から。
The Oath of the Tennis Court
アメリカの有名大学は多くの美術品や絵画を所有し、
美術館を設立しています。
この話はまた今度。

バスティーユ襲撃でフランス革命スタート

1789年7月14日
三部会に不満を持ち、
球戯場で誓い、

専制政治の象徴であった
バスティーユ監獄を襲撃しました。

これがフランス革命の始まりで、
7月14日は「革命記念日」となっています。

Taking of the Bastille, July 14, 1789
↑ヴェルサイユ宮殿所蔵。
「バスティーユ襲撃」


Storming of the Bastille on 14 July 1789(1793)
↑メトロポリタン美術館所蔵の
「バスティーユ襲撃の版画」

ちなみに、
7月4日がアメリカの独立記念日です。

怒れる主婦のヴェルサイユ行進

フランス革命の引き金となったのは、
度重なる増税のみならず、

前年の小麦の不作も原因でした。

1789年10月
主食のパンのみならず食料が高騰。

困窮を国王と議会に伝えようと、
7000人の主婦が広場に集まり
「パンをよこせ!」と行進したのです。

2万人の市民軍も共に行進し、
ヴェルサイユ宮殿のルイ16世一家を
パリのテュイルリー宮殿まで連行し、
「フランス人権宣言」を承認させました。

Louis XVI Entering Paris, October 6, 1789
↑メトロポリタン美術館所蔵。
パリに入るルイ16世。


1871年テュイルリー宮殿は焼失し、
現在は庭園だけが残っています。

オーストリアへ逃亡

1791年ルイ16世一家で
マリー・アントワネットの故郷、
オーストリアへの逃亡を計画しました。

この逃亡は失敗に終わり、
国王の信頼はなくなりました。

そしてまた、
ルイ16世がパリへ連れ戻された時の絵。

この時、王の信頼が地の底まで落ちたのは、
国王は逃亡し海外の軍隊を引き連れ戻る計画が判明したからでした。

もう我慢できない!テュイルリー襲撃

1792年8月10日
パリの民衆と義勇軍がテュイルリー宮殿を襲撃。

これにより王権の停止を宣言し、
フランスは共和制の国になりました。

Capture of the Tuileries Palace, August 10, 1792
↑ヴェルサイユ宮殿所蔵
「テュイルリー宮殿を襲撃」
The day of August 10, 1792, or the fall of the throne
↑同じくヴェルサイユ宮殿所蔵
「王権の崩壊」

ギロチンで処刑

1793年1月ルイ16世に死刑判決。
10月にマリー・アントワネットが死刑判決。

Marie-Antoinette being taken to her execution, October 16, 1793
↑フランス革命博物館所蔵。
処刑台に向かうマリー・アントワネット

↑フランス革命博物館所蔵。
と、ありますが、リンク見つけられなかった…

↓フランス革命博物館
Musée de la Révolution française


処刑台に向かうマリー・アントワネットのスケッチ。


Louis XVI at the foot of the scaffold, January 21, 1793
↑ヴェルサイユ宮殿所蔵。
処刑台に向かうルイ16世。

気が付けば独裁政権

共和制になりめでたしめでたし。
と、なるわけがなく、
その後も国は混乱し、

庶民を代表する過激なジャコバン派が
独裁政治を始めました。

指導していたのが
「ロベスピエール」

Portrait de Maximilien de Robespierre
↑パリのカルナバレ博物館所蔵
http://www.carnavalet.paris.fr/

そして、革命指導者で
下層民の支持を多く受けた
「マラー」

マラーがジロンド派に暗殺されると、
ロベスピエールの恐怖政治は強化されます。

Marat assassiné 1793
↑ベルギー美術館所蔵「マラーの死」

ロベスピエール率いるジャコバン派は
王族のみならず、
庶民代表のジロンド派をも粛正。

1793年からは始まった「恐怖政治」は長く続かず、
翌年1974年7月9日に反対はのクーデターに合い、
今度はロベスピエールが処刑されました。

その後「彼」の登場です。

ナポレオン登場!

イタリア系フランス人の軍人
ナポレオン・ボナパルト
(Napoléon Bonaparte)

Bonaparte crossing Mount Saint Bernard, May 20, 1800
↑ヴェルサイユ宮殿所蔵
「1800年5月20日、セントバーナード山を渡るボナパルト」

ロベスピエールの恐怖政治終了から4年後
1798年

エジプト遠征からパリへ戻り、
クーデターを起こしました。

Bonaparte at the Council of Five Hundred, November 10, 1799
↑ヴェルサイユ宮殿所蔵
「1799年11月10日、500人の評議会でのボナパルト」

1804年フランス皇帝
ナポレオン1世が誕生します。

Rite of Napoleon and coronation of Josephine at Notre-Dame de Paris, December 2, 1804
↑ヴェルサイユ宮殿所蔵
「1804年12月2日ノートルダム大聖堂の戴冠式」


Portrait of Napoleon I
↑メトロポリタン美術館所蔵
「ナポレオン1世の肖像画」

これにてフランス革命終了。
かと思いきや…

フランスは振り出しに戻るのです。

またルイに戻る

1814年ルイ18世(ルイ15世の孫)により
立憲君主制に戻りました。


↑60歳で通風で肥満のルイ18世。
落ちそうな王冠を受け取ろうとしているのはナポレオン2世。

Un gourmand
↑大英博物館所蔵
このようなルイ18世などの風刺画が
沢山所蔵されいてます。

ドラクロワの女神は7月革命

沢山の血を流したフランス革命が
まるで無かったかの様に、

ルイ18世は特権階級の贔屓を始めました。

1830年
やはり労働者の怒りから革命が勃発。
フランスは立憲君主制へと移行しました。

これが「7月革命」

フランス革命の象徴の様に扱われることがあるこの絵画。
「7月革命」が主題なのです。

July 28: Liberty Leading the People
↑ルーブル美術館所蔵
「民衆を導く自由の女神」

ーードラクロワに関する過去記事ーー
ドラクロワとモロッコ旅行

絵画で見るフランス革命のまとめ

ルイ16世とマリー・アントワネットの処刑により、
ブルボン王朝の終了。

民衆へ権力が移行したかと思えば、
恐怖政治。

ナポレオンの軍事政権になったか?
と思っていたら…

ルイ18世が王政復古により、
フランス革命は振り出しへ。

そしてやっぱりそんなの許さない、
労働者たちが起こした7月革命。

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これら諸々の、
まつわる絵画がどこで見られるか、
リンクや画像を記事に入れています。

わざわざ美術館へ行かなくても
フランス革命に関係する美術の旅ができました。

でもやっぱり、リアルに鑑賞するならば、
先ずはベルサイユ宮殿ですね。
http://en.chateauversailles.fr/

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ボッティチェリと「花の女神」
モンドリアンとサンローラン[アートが服になる]
やっぱり猫の絵画が好き。名画の中の猫。
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