愛ある3人のグラフィックアート作品

画家であり、
商業的な絵を描いた3人を紹介します。

フランス人でフランスで活動した
ロートレックの「ムーラン・ルージュ」

チェコ人でフランスで有名になった
ミュシャの「ジスモンダ」

ニューヨーカーのアメリカ人で
アメリカの生活の細部を描いた、
ロックウェルの雑誌の表紙達。

グラフィックデザイナーから転身し、
絵を描き始めた私が
大好きで尊敬してややまない3人について書いています。

グラフィックアート作品3選

グラフィックアートと絵画の違いは、
「しばり」が有るか無いか。

「しばり有り」(グラフィックアート)
は、作者の表現よりも条件が優先されます。
商品や店等広告の条件と同じです。

「しばり無し」(絵画)
は、作者の表現を優先。

今回紹介するのは、
画家であり商業的な絵も描いた3人です。

ロートレックとムーランルージュ

トゥールーズ・ロートレック
(oulouse Lautrec)
と、言えば

「ムーラン・ルージュ」
(Moulin Rouge)

フランス語で「赤い風車」の意味の
パリ市内の現存するキャバレーです。

↓ロートレック以外も、
歴代のポスターが見られます。
Chronology of the Moulin Rouge
1890年代をクリックすると、
ロートレックのポスターが見られます。

ロートレックは後期印象派の時期だけど…

ロートレックは後期印象派の画家達と
交流があり、画家としての地位もしっかりとしたものでした。

ゴッホとも交流があり、
ゴッホの肖像を描いています。

後期印象派は
日本の浮世絵の影響が大きいのですが、
ロートレックもこの影響が見られます。

「ムーラン・ルージュ」等のポスターは
全て石版画の多色刷り。
立体感の無い人物や構図は
後期印象派の特徴でもあり、
浮世絵の影響です。

なぜ画家がキャバレーのCM?

ロートレックは14歳から足の成長が止まり、
遺伝性の病気に悩まされていました。

また、弟が亡くなり両親が離婚。

画家としては順調でも、
心の苦しみを紛らわすために、

娼婦と遊ぶことと、お酒で紛らわしていたのです。

マイノリティーとして生きる苦しみから、
娼婦達への共感を絵にすることは
ロートレックにとっては自然なことだったのでしょう。

アルコール依存症から病気になり、
36歳で亡くなっています。

↓フランス南部にある
「トゥールーズ=ロートレック美術館」
Musee Toulouse Lautrec

ミュシャと大女優

アルフォンス・ミュシャ
(Alfons Mucha)
のポスターと言えば

「ジスモンダ」

こちらもロートレックと同じく、
石版画で制作されています。
ーーー
過去記事
版画はお得?
ーーー
版画は日本の浮世絵と同じく、
刷り師、彫り師、
印刷工、絵師で成り立ちます。

たまたま、版元に
大女優サラ・ベルナールのマネージャーが
緊急のポスターを依頼した所、

たまたま、絵師(イラストレーター)が
ミュシャだけしたかいなかったので、

たまたま、ミュシャがジスモンダを手がけました。

当時広告の重要性を理解していた、
大女優サラ・ベルナールは
ミュシャの絵を気に入り、

6年もの専属契約を結び、
ミュシャは多くの彼女の作品を手がけました。

このたまたま舞い込んだ仕事から、
ミュシャは確固たる地位を得たのです。

サラ・ベルナール作品の「椿姫」


↑女優サラ・ベルナールは
ミュシャの絵から出てきた様な美しさ。

チェコを愛する画家のミュシャ

フランスで活躍したミュシャですが、
晩年は祖国チェコへ戻り

20枚もの連作、
壁画「スラブ叙事詩」を描きました。


↑「スラヴの菩提樹の下で誓いを立てる若者たち
スラヴ民族の目覚め 1926年」

さらに紙幣や切手のデザイン等も手がけ、
国のために絵を生かしていったのですが、
それが歴史と重なり裏目に出て、
ナチスに連行され拷問を受けました。

無事釈放されたのですが、
4ヶ月後に亡くなりました。
78歳でした。
ーーー
ミュシャの過去記事
これは欲しい!世界3大「花の絵画」
「アルフォンス・ミュシャ」の四季
ーーー

アメリカの細部を描いたロックウェル

雑誌の表紙のイラストレーションで
地位を確立したロックウェル。
その中でも47年も表紙を描き続けた
「サタデー・イーブニング・ポスト」
The Saturday Evening Post
↑リンクには過去のロックウェルの表紙が全て見られます。

表紙の絵を見ていると、
本当に些細なアメリカらしい日常が描かれています。

19401950年の表紙が人気があるそうです。
日本しか知らない頃に見たロックウェルと、
アメリカに住んでからでは
同じ絵でも全然見え方が違います。

晩年住んでいたマサチューセッツに
ノーマンロックウェル美術館があります。
The Norman Rockwell Museum
ここではロックウェルのアトリエが再現されています。

本当のアメリカの細部も描いたロックウェル

1963年、ロックウェルは
「サタデー・イーブニング・ポスト」に
政治的表現の限界を感じ契約更新せず、
「LOOK」と言う雑誌に描く様になりました。

そこで1964年に描かれたものが↓
The Problem We All Live With, 1964

ここに描かれている少女、
ルビー(Ruby Bridges)は、
1960年
全て白人の学校に通うことになった
ニューオリンズの6歳の黒人の女の子です。

前後にいるのは彼女を守るための保安官。
奥の壁には黒人を中傷する
「nigger」と書かれトマトが投げつけられています。

アメリカの細部を描くロックウェルにとって、
公民権運動を描かないことは耐えられなかったのでしょう。

ロックウェルのこの絵は
2011年6〜10月に
ホワイトハウスに展示されました。
(画像&動画)↓

↓ロックウェル博物館の動画。(英語)

ロックウェルの細部は謎のまま

ロックウェルはニューヨークの大都会生まれ。
裕福な家庭に生まれているのですが、
家族を愛せなかった様です。

晩年は精神科へ通院していた、
との記述は見つけましたが、
幼少期の家族の話が見つかりませんでした。

3人のグラフィックアート作品まとめ

障害や病気に悩み、
マイノリティーである娼婦に寄り添った画家
トゥールーズ・ロートレック

代表作はパリのキャバレー
「ムーラン・ルージュ」の広告でした。

美しい女優に見出された、
美しい女性を描く
アルフォンス・ミュシャ。

大量の広告を描いた後、
愛国的画家として生きました。

アメリカの社会に寄り添い、
アメリカの細部を描いた
ノーマン・ロックウェル

3人の代表作と背景となりうる人生を見てみました。
ーーー
絵画とグラフィックアートの違いは
「しばり」の有る無し。

と最初に書きましたが、
ちょっと訂正します。

寄り添うものの存在と、
アーティストの立ち位置の違い、
そう考えられると思いませんか?
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