【大紹介】葛飾北斎「富嶽三十六景」の1〜10景

今回の記事では
葛飾北斎の浮世絵
「富嶽三十六景」のことが分ります。

浮世絵が好きな人、
風景画が好きな人、
印象派などが好きな人、

だけではなく、

歴史が好きな人にもオススメです。

こうして生まれた葛飾北斎「富嶽」36+10景

江戸時代の絵師、
葛飾北斎の晩年に発表した、

「富嶽三十六景」
(Thirty-six Views of Mount Fuji)

「富嶽」とは富士山のこと。

富士山が見える36の景色の版画ですが、
好評だったため、10版追加で発表したので
全部で46景存在します。

「富嶽三十六景」の
最初の10枚の構図の話しや
当時の場所の説明、
関連する事柄など説明しています。

有名な神奈川沖浪裏、赤富士などの
11枚目以降の説明はこちらのリンクで
【大紹介2】葛飾北斎「富嶽」11〜16景
【大紹介3】葛飾北斎「富嶽」17〜26景
【大紹介4】「富嶽三十六景」後半!27〜36景
【大紹介5】完結「富嶽四十六景」37〜46景
【大紹介4】準備中
【大紹介5】準備中

葛飾北斎の江戸時代

1823年(文政6年)から
1835年(天保4年)、

北斎が63歳〜75歳の間に
制作・刊行されています。

↑79歳の頃の自画像

将軍は11代、徳川家斉。
元号が天保に入り、
天保の飢饉や百姓一揆などがあり、

「天保の改革」が行われました。

倹約令に伴い、
庶民の娯楽の多くが規制された中、

「伊勢お陰参り」が流行。

お陰参りとは、
地域で積立金を行い、
くじ引きで毎年誰かが伊勢参りへ行ける仕組みでした。

関所を越えるための手形の発行が
遊興のための理由では出来ない中、

伊勢参りであれば
手形の発行が容易でしたので、
多くの人が伊勢参りを楽しみました。

この流行が
葛飾北斎の「富嶽三十六景」が好評で、
「四十六景」になった背景にあります。

独特の青い色

「ベロ藍」と言われた
紺青(プルシアン・ブルー)が
北斎の「富嶽三十六景」には使われています。

紺青はベルリンで発見された合成科学顔料。

「ベルリンの藍色」が略され、
「ベロ藍」と言われていました。

版画のグラデーションは刷り師の技

版画の美しいポイントの一つに、
「グラデーション」があると思います。

版画においてのグラデーションは
絵師の仕事ではなく、
「刷り師」による技でした。

ですので、
何枚も同じ物が刷り上がる版画ですが、
実はよく見るとグラデーションの位置が違う物が存在します。

ボストン美術館で所蔵されている4枚の
「富嶽三十六景、28番、相州箱根湖水」

そのうち3枚を見比べてみて下さい。
湖のグラデーションの位置が違いますよね。


↑この2枚は濃淡の違いかもしれませんが、

↑明らかに位置が違います。
刷り師が変ったのでしょうか?

東京からの「富嶽」1〜10景

1.「江戸日本橋」だけど橋がない!?

江戸日本橋

日本橋と言ってるのに、
橋の全貌は見えず、
手前のにぎわう人だけで表現されています。

その人ごみの込み具合も大げさですが、
伝えたいことを伝えるための大げさが
北斎の素晴らしさです。

奥に見えるのは
「一石橋」と「江戸城」

江戸時代の日本橋では
富士山がこんなに奇麗に見れたのかしら?

2.これが越後屋「江都駿河町三井見世略圖」

江都(コウト)駿河町 三井見世 略圖(ズ)

現在の「日本橋三越」
「三井見世」豪商三井高利の店、
「呉服 越後屋」です。

当時は富士山が見えたんですね。
いちいち言いたくなりますね。

これもまた店全体を描かない大胆構図。
そりゃこんなの見たらフランスの画家たちは衝撃を受けるでしょう。

「富嶽三十六景」に
「凧」が出たらその角度に注目です。

富士山と同じ角度に凧を揚げ、
富士山に注目させる効果を上げています。

屋根も三角で対比させていますね。
実際の見えた景色より、
その絵が人に与える効果を優先させています。

ちなみに、
凧に書かれている文字は「寿」です。

3.神田川と「東都駿䑓」

東都 駿䑓(スンダイ)

現在の文京区本郷、神田駿河台。
中央の川が「神田川」

屋根の角度と富士山の対比の美しさはもちろんのこと、
左側の「松」の形はどこかで見た?

「神奈川沖浪裏」と
同じ配置になっていると思いませんか?

4.神田だった「東都浅草本願寺」

東都浅草本願寺

右手前のアップで描かれた屋根が
「東本願寺 本堂」
当時は神田にありました。

屋根と富士、
さらに富士を強調する凧の糸。
富士山との距離感を調整する役目を
凧と左の木の足場が荷なっています。

なんと言っても、
北斎はどの目線で描いたのでしょう?

屋根に登ったのか?
想像で描いているのか、
そんな場所があったのか?

その位置から描くのおかしくない?

凧の位置も、足場の大きさも、
人の大きさも、
何もかも全部おかしいのに、
なんて良い絵でしょう。

「凧」によって時期がお正月であることも分らせます。

5.材木問屋と「本所立川」

本所 立川 (ホンジョ タテカワ)

「本所」は墨田区の本所という町。

立川は人工河川「堅川」のこと。
材木問屋が多くあった場所です。

この図は富士よりも働く人々と、
切り出された木材の
直線の美しさにが先に来て、
何気なく江戸の生活に富士山があったことを忍ばせます。

江戸時代とは言え、
富士山はこんなに大きく見えなかったと思います。
事実より、伝えたいことと印象が大事ですよね。

6.太鼓橋の「深川万年橋下」

深川 万年橋 下

橋は江戸のにぎわいを描くのに
ちょうど良いモチーフなのでしょうね。

橋の下さえにぎわう江戸の人々の奥に
富士山が見守るように描かれてます。

富士山の位置が微妙でリアル。
だけど、この大きさではないはず。

大げさに描くのに、
リアルだからすばらしいのですね。

「萬年橋」は現江東区
「小名木川」と「隅田川」が交差する場所にかかっています。

太鼓橋の浮世絵と言えば、
広重の亀戸天神境内は
モネが影響を受けたことで有名です。

7.螺旋のお寺「五百羅漢寺さゞゐ堂」

五百羅漢寺 さゞゐ堂

栄螺(さざい)堂はらせん構造の仏堂。

まるでグッゲンハイム美術館の様に
仏像などが配置され参拝できるようになっていたそうです。

この五百羅漢寺は当時江東区にありました。
3階建てのさざい堂の上から、
人々が注目しているのは明らかに富士山。

この富士山は小さく描いていますが、
全員が富士山に注目しているのが分ります。

なぜなら、
富士山以外細部を描いていません。
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サイト内関連リンク
「グッゲンハイム美術館」とは?
NYで「現代アート」を楽しむ5つの美術館
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8.ここが原宿!?「青山圎𫝶枩(円座松)」

青山 圎𫝶枩(円座松)

現在も渋谷区神宮前にある、
龍巌禅寺の名木「円座松」

丸みのある松の山と、
誇張して尖らせてると思われる富士山。

「どちらもこれはこれで良し」
と言っている様に思えます。

9.ここも原宿!?「隠田の水車」

隠田(オンデン)の水車

ここは原宿村の渋谷川。

現在の原宿では想像できない
東京の歴史が見れるのが楽しいですね。

これもまた遠くに富士山、
左手前に円形の構図。
「神奈川沖浪裏」と同じですね。

右手前、木の裏に
本来なら川の流れが続くはずなのに消えています。

画面に黄金比の渦巻きを
意識しているのかいないのか?

10.絶景だった「下目黒」

下目黒

目黒は現在では想像できない田園地帯でした。

丘陵になっている目黒は富士山の眺めが良く、
歌川広重も目黒から富士山の絵を描いています。

名所江戸百景24「目黒元不二」

名所江戸百景25「目黒新不二」

元富士、新富士とは富士山信仰により作られた山です。

有名なあの神奈川沖浪裏、赤富士など28景+10はこちら

一枚に全部まとめようと思っていたのですが、
やはり長くなりすぎたので違うページにいたします。
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この記事が
【大紹介】葛飾北斎「富嶽三十六景」の1〜10景
〜東京から富士山編1〜

【大紹介2】葛飾北斎「富嶽」11〜16景
〜東京から富士山編2〜

【大紹介3】葛飾北斎「富嶽」17〜26景
〜茨城、千葉、神奈川から富士山編〜
世界一有名な日本の絵「神奈川沖浪裏」が入ってます。

【大紹介4】「富嶽三十六景」後半!27〜36景
〜[富士山大接近]神奈川、静岡、山頂編〜
北斎の富士山と言えばの「赤富士」の
「山下白雨」の説明あります。

【大紹介5】完結「富嶽四十六景」37〜46景
〜山梨から裏富士編〜
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サイト内関連リンク
浮世絵の犬だらけ[わんわん]ボストン美術館コレクション
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