【大紹介2】葛飾北斎「富嶽」11〜16景

今回の記事では
葛飾北斎の浮世絵
「富嶽三十六景」のことが分ります。

「富嶽」は「富士山」の別名

富士山が好きな人、
江戸時代が好きな人、
ジャポニズムに興味がある人など必読です。

[瀑誕]葛飾北斎「富嶽」36+10景

一つ前の記事で、
北斎の「富嶽三十六景」の背景
江戸時代のこと、独特な藍色のこと、
最初の10枚の「富嶽三十六景」が
↓で分ります。
【大紹介】葛飾北斎「富嶽三十六景」の1〜10景
【大紹介3】葛飾北斎「富嶽」17〜26景
【大紹介4】「富嶽三十六景」後半!27〜36景
【大紹介5】完結「富嶽四十六景」37〜46景

続・東京からの「富嶽」11〜16景

東京の海岸線は現在の皇居の辺りまであり、
日比谷は浅瀬でした。

徳川家康が埋め立てを始めたことから、
東京湾の埋め立ての歴史が始まったそうです。

参考
東京港湾事務所の東京港の歴史

11.唯一の雪景色「礫川雪の且」

礫川(コイシカワ)雪の且(アシタ)

↑こちらはwikimediaからですが、
山の向こうはオレンジ色になっています。

↑こちらはボストン美術館のもの。
夕焼けではなく青空になっています。

手前の雲のグラデーションも薄めで、版により随分印象が違いますね。

右手前の雲は不自然なのですが、
伝えたいことに集中させるため
細部を大胆に省略しています。

さらに右手の雲から左手の建物と、
建物と重なる木のシルエットを見て行くと、
「神奈川沖浪裏」の構図に似てます。

この場所は現在の文京区小石川。

指を指して喜んでいる人たちとは別に、
左側の座敷でも男性2人の姿を描き
茶屋であることを表現しています。

12. 夕焼けの表現色々「御厩川岸より両国橋夕陽見」

御厩川岸(オンヤマガシ)より両國橋 夕陽見

「夕陽見」と言う割には夕方の表現が薄い様に思えるwikimediaのものですが、

ボストン美術館・検索「御厩川岸」
この5枚のコレクションを見てもらえると、
刷りのバリエーションがあることが分ります。

↓この版が一番「夕陽見」っぽいです。

隅田川の渡し船の対岸への出発の光景。
出発だと分るのは、船頭や乗客の数人が、
対岸を見ていると分る表現だからです。

それには船頭の頭が禿げていることが重要だったのかもしれません。

舟の舵が富士と同じ斜めの構図になっているのと
富士に向かって伸びるかの様な橋。

波の線だけではなく、
橋の弧と舟の弧で波の様に表現されています。

洗濯をする女性がいることで、
この光景が日常であることがわかります。

富士を誇張して描いたものが多いのですが、
わざと小さくシルエットにしているのも、
この日常風景を慈しんでいる様です。

13.早朝に馬が走る「隅田川関屋里」

隅田川 関屋里(セキヤノサト)

関谷の里は現在の足立区。

↓場所の詳細は足立区のサイトで。
隅田川関屋の里 冨嶽三十六景

この絵をぱっと見たら、
馬を猛スピードで走らせる図に見えますが、

実は馬だけ見ると、
あまり速く走っている様に見えません。

他の絵では丸みを帯びている「雲」が
横直線で表現されています。

この雲がマンガの効果線と同じ効果になり、
「疾走」のイメージを与えているのです。

富士山が赤いのは、
夏の終わりから秋にかけて、
朝日によって富士山が赤く見えることがある、
「赤富士」と、言われるもの。

この絵をぱっと見れば、
晩夏から秋の早朝に早馬を出していることがわかります。

14.材木と富士山再び「武州千住」

武州 千住

現在の足立区千住。
↓足立区のサイトに場所の詳細があります。
武州千住 冨嶽三十六景と千住

垂直に描かれている材木は、
田んぼへ水を引く水門です。

人工的な物を製図の様な直線で表現し、
自然の物とはっきりと区別している様に思えます。

人間が作り上げた材木の間から覗く富士山は、
この時代の人たちの生活と
富士山の関係が分る様です。

「5.本所立川」も垂直な腺の表現、
材木と富士のコントラストが見られます。

15.ちらり色っぽい「従千住花街眺望ノ不二」

従千住花街(センジュカガイヨリ)眺望ノ不二

手前の道は日光街道、
大名行列の鉄砲を持った侍が歩いています。

奥に見える富士山を見る振りをして、
花街、吉原を見ているのか、
手前の女性2人を見ているのか。

素朴な風景画に見せて、
実は色っぽい背景がある一枚です。

大名行列で地方から江戸に来て、
花街で遊ぶことを楽しんだ男達がいたんだな。
と言うことが分ります。

天保の改革で
大々的に遊女を描くことが出来なくなり、
その中で知恵を使ったのかとも思わせます。

16.江戸前の漁船「武揚佃島」

武揚 佃島(ブヨウ ツクダジマ)

隅田川の河口の
現在の中央区佃1、2丁目辺りだそうです。

「本能寺の変」が起こり、
徳川家康が大阪から逃げる時手助けをしたのが
摂津国(大阪と兵庫の堺)佃村の漁民。

家康が特別に佃村の漁民に
漁業権を与え住まわせた「佃島」

佃煮で有名な佃は「白魚」の漁業が盛んでした。

手前の舟の荷物は完全に富士山と同じ形。

東京湾に現在の埋め立て地がなくて、
空気が澄んでいたらこのように見えるだろうと思います。

想像するだけでも奇麗だったと思います。
見てみたい…。

佃島からの富士を
歌川広重も描いています。

↓「佃島の落雁」

↓「不二三十六景 東都永代橋佃島」

有名なあの神奈川沖浪裏、赤富士など11〜16景以外のリンク

今回は「富嶽三十六景」の11〜16景を紹介しました。
自然の残った素朴な東京を感じられる魅力の浮世絵ばかりでしたね。

前記事、
〜東京から見た富士山編その1〜
北斎基礎知識と時代背景、
日本橋から原宿、目黒などの富士山はこちら↓
【大紹介】葛飾北斎「富嶽三十六景」の1〜10景
〜東京から富士山編1〜

この記事が
【大紹介2】葛飾北斎「富嶽」11〜16景
〜東京から富士山編2〜

【大紹介3】葛飾北斎「富嶽」17〜26景
〜茨城、千葉、神奈川から富士山編〜
↑ザ・グレート・ウェーブ
「神奈川沖浪裏」が入っています。

【大紹介4】「富嶽三十六景」後半!27〜36景
〜[富士山大接近]神奈川、静岡、山頂編〜
北斎の富士山と言えばの「赤富士」の
「山下白雨」の説明あります。

【大紹介5】完結「富嶽四十六景」37〜46景
〜山梨から裏富士編〜

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