ニューヨークとアートビジネスと現代アート作家「村上隆」

村上隆がルイ・ヴィトンと
コラボをしていた頃、
ニューヨークを一度離れました。

このコラボが行われていた2005年頃、
まだNYにおける日本のオタク文化は
限られた人の物だったと思います。

そこから5年、再渡NYした時、
「アニメ」「オタク」「カワイイ」の浸透は
明らかに、NYで見られるハイファッションにも広がっていました。

村上隆が行ったことは、
日本画の手法を使いつつも
日本古来の芸術、
芸術家の活動ではありません。

それ以前の日本人で似ている人を挙げるなら、

コム・デ・ギャルソンの川久保令や
三宅一生の様な
ハイファッションデザイナーだと思うのです。

ファッションデザイナーが
純粋なアーティストとならないのは
ファッションはビジネスの要素が強いからです。

NY在住、実はファッションマーケティングが専攻だったけど、
今は日本画を描きたくて準備中の私書かせてもらいます。

日本の本当の現代アートを作り上げた村上隆

村上隆は1994年から1年間、
アジアン・カルチュラル・カウンシル (ACC)の助成金と、MoMA PS1の招待により、
ニューヨークに滞在していました。

この時に西洋のアートビジネスと触れ合い、
その後の活動に大きく影響して行きました。

村上隆ニューヨーク以降、
アニメ、オタク文化をハイアートに持ってくる、
芸術活動「スーパーフラット」が生まれたのです。

727 1996 
↑そして、オリジナルキャラクターDOB君が生まれました。

村上隆・イン・ニューヨーク

1994−95年のニューヨーク滞在で、
大きな影響を受けたアーティストが3人いました。

第2次世界大戦後の表現を「アンゼルム・キーファー」から

第2次世界大戦でドイツが降伏したのが
1945年5月7日。

その2ヶ月前、
1945年3月8日に生まれ、
ドイツの爆弾で壊された家で育ったドイツ人芸術家、

アンゼルム・キーファー
(Anselm Kiefer)

戦後のドイツで芸術を学び、
その作品にも戦後のドイツが
大きな影響を与えています。

この影響を村上隆で見ると、
2005年にニューヨークで行われた個展、
「リトルボーイ」

これは戦後日本、アメリカに飼いならされ、
そこで生まれたオタク文化。としています。

原爆を落としたリトルボーイと、
アメリカの子供である日本のリトルボーイ。

戦後をアートで表現して行く、
それには批判を恐れない精神が必要な中、
立ち向かい続けたアンゼルム・キーファーの存在が
村上隆を強くしたのかもしれません。

アンゼルム・キーファーの初期は、
ナチスの敬礼を様々な地域で撮影する、
ポートレートなどでした。
Heroic Symbols 1969
こちらは水彩で描かれたもの。
Heroic Symbols,1969

また、戦争の陰だけではなく、
ドイツの神話などの影響も強く、
それは近年の村上隆が
「五百羅漢」に取り組んだことに
大きな影響があった様に思えます。

こちらの動画はアンゼルム・キーファー。
彼の作品は巨大で、
鉛がお気に入りの素材です。
まるで工業製品を作っている様です。

このパワーに影響されたから、
あの村上隆の情熱があるのかと思うと納得です。

スーパーフラットの源泉は「ジェフ・クーンズ」から

マルセル・デュシャンの
「レディーメイド」
(既製品を利用したアート)
を受け継ぐ、

実は正統派アーティストの
ジェフ・クーンズ
Jeff Koons

↑バルーンアートの巨大なオブジェなのですが、どう見ても風船。

しかし、材質はアルミスチールで、
精巧に風船の質感を出しています。
多くの作品が3メートル以上ある巨大な物です。

インスタレーションでは13メートルもある、
巨大なバレリーナが展示されたこともあります。
これは本当に風船です。

初期には掃除機を飾るだけとか、
New Hoover Convertibles

ポルノ女優の元妻「チッチョリーナ」との
情事を彫刻にしたり(リンク自粛)、

陶磁器で作ったマイケルジャクソンと猿のバブルスなどなど。

悪趣味とも言える、
過激で無意味な作品のその意味は、

消費社会と上流芸術を
アートで結びつけようとしているのです。

そう、これははまさに
村上隆の「スーパーフラット」

アニメと芸術をフラットにするだけではなく、
大衆文化と芸術がフラットとする意味も含んでいます。
(フラット/flat=平面、平坦)

村上隆がニューヨークにいた1994-95年のクーンズの作品は
「セレブレーション・シリーズ」
Celebration
現在では代表的なクーンズの作品を
沢山生み出しているシリーズです。

「チッチョリーナ」との離婚後、
息子と引き離された思いが
このシリーズに込められています。

アメリカで子育てしていると、
馴染みのあり、懐かしいとも思える物が
作品になっています。

代表的な作品は巨大な(312.4×383.5x348cm)
カラフル粘度。
Play-Doh

↓これは村上隆に繋がる作品に見えます。
Boy with Pony

またアーティストとしての
理念の影響のみならず、

金融ブローカーであったクーンズは
商才にも長けていました。

クーンズは一つのアート作品に、
必ず3〜5タイプを制作します。

アート作品を量産する手法は
シルクスクリーンプリントでアートを量産した
アンディ・ウォホールから、

もしくは生涯で15万点もの作品を残した
ピカソから学んでいると思われます。

そしてもちろん、その手法を
村上隆も取り入れていいるのは分かります。

彼は「カイカイキキ」と言う会社を持つ経営者でもあります。

そこでは、作品の制作以外にも、
グッズ販売やアーティストのマネジメントなども行っています。
また、コレクターでもあり、
カイカイキキギャラリー
ギャラリー運営も行っています。

クーンズも村上隆も
従来の芸術家の枠は既に超えているのです。

量産の基礎は「アンディ・ウォーホル」

ポップアートの巨匠と言われる
「アンディ・ウォーホル」
(Andy warhol)

既に述べた様に、村上隆は
ただギャラリーに所属するアーティストに収まらず、
自ら会社を作り、アートも量産しています。

「シルクスクリーン」でつくられている作品も多いです。
http://www.tagboat.com/contents/select/2014_murakami/2014_murakami.htm

※シルクスクリーンとは、昔あったプリントゴッコの様な物。
布に転写して、色を重ねる版画の一種です。版画はお得?

村上隆とニューヨークとアートビジネスまとめ

「現代アート作家」としてデビュー前の
村上隆は1994−95年ニューヨークにいました。

そこで、西洋のアートおよび、
アートビジネスに大きな刺激を受けました。

1人目はドイツ人の
アンゼルム・キーファー

戦後をアートで表現していた姿勢は、
村上隆にも受け継がれています。

2人目はアメリカ人の
ジェフ・クーンズ

大衆文化をハイアートにする手法、
さらに、アートを量産する方法等を見ると、
村上隆は日本のクーンズと言っても良いかもしれません。

3人目は多くのアーティストに影響を与えている、
アンディ・ウォーホル。

村上隆はウォーホルの手法を
大いに利用していると言って良さそうです。

村上隆を楽しむのは作品の表層だけではなく、
彼のビジネスも楽しむと深く理解ができるかもしれません。

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