ククルカンピラミッドで新世紀。

2012年に世界滅亡!!

覚えてますか!?

マヤ文明で使われていた暦の一つが
2012年肉切りを迎えることで出てきた説です。

映画とかもあって、
信じる人は信じてた様な報道は聞きましたが、

信じてた?

昭和のマミーはノストラダムスを信じて、
何事もなく2000年を迎えてしまったので
日付狙い撃ちの終末思想は信じてなかったんだけどね。

2012年は病気も重い状態。
うつ病の再発が怖くて怖くて、
日照時間の短くなる冬のニューヨークからとにかく逃げたかったのです。

そこで、もうろうとしながら決めた旅行先が

「カンクン、メキシコ」

メキシコのカンクンはカリブ海のリゾート地で有名な所なのですが、
そこからバスで2時間ほど行った所に、

世界遺産、マヤ文明の遺跡

「チェチェンイッツア」があるんです。

何の目的もない、太陽を浴びたいだけで、
カンクン旅行を決めてから「マヤ終末説」を知ったのでした。

2012年12月12日から23日の間に
マヤ暦が区切りを迎えると言うことだったのだけど、
旅行の予定は25日以降。

人類滅亡してたら行けないじゃないの!
なんて思いもしていなかったけど。

それよりも、終末説ではなく、
新しい暦に入る「新世紀説」。

2012年12月23日以降
マヤ文明の中心,チェチェンイッツアは
地球上で最も強いパワースポットになると聞いて、

これはマミーに「回復しろ!」と
何か大きな力に言われている!

と思わざるおえませんでした!

マヤ文明

マヤ文明はメキシコ、グァテマラ、ベリーズに広がる一帯に
紀元前2000年から1500年のスペイン人が征服に来るまで栄えていた文明です。

「チェチェンイッツア」のある地域はユカタン半島と呼ばれており、
重要な施設を取り囲むように街があり、その周りにはセノーテと呼ばれる深い池があるのです。

その地形の通り、
都市の名前「チェチェンイッツア」は
ユカタン語で「イッツァ人の湖畔」と言う意味だそうです。

長い歴史の中で有力な都市は入れ替わっており、
「チェチェンイッツア」が栄えていたの10〜11世紀。
スペイン人が征服に来る100年以上前だったので、

18世紀、チェチェンイッツアの遺跡が発見された時は道なきジャングルの中にあったんです。

その中心の神殿がマヤ文明のピラミッド

「ククルカン」と言います。

ククルカンはマヤ文明の最高の神様で

その姿は「羽毛のある蛇」

ククルカンのピラミッドには四方に蛇の石像があり、
年に2回、春分の日と秋分の日には蛇の影が神殿に現れ,
その姿はピラミッドから蛇が下りて来るように見えるそうです。

人類滅亡前と言われていた2012年の秋分の日は
「ククルカンの降臨」のために
世界中から人が集まったそうですが、
どうやら天気が悪く見れなかったみたいですね。

チェチェンイッツアツアー

太陽を浴びるのが目的だったので、
下調べせずカンクンのホテルから
天気の良い日に出るバスツアーに参加。

バスの中では強烈なスペイン語訛りの英語ガイド。
いっそスペイン語でお願い…。
英語の苦手なマミーには訛っている英語は天敵なのよ。

この時にマヤ語で色々教わったけど…もう忘れちゃった。

遺跡群の場所に着いて、チケットを買い入場すると
どーんとククルカンピラミッドが見えてきて
テンションが上がって早くピラミッドに近付きたいのに、
腰を折るようにツアーは最初「球技場」へ行くのです。

ククルカンピラミッドと言えば祭壇になっており、
そこに生け贄の心臓を乗せる石像があるので有名。

この球技場は勝ち負けを見るものではなく、
この生け贄を決めるための儀式だった様です。

そしてまた次のジャガーの神殿とか、天文台とか色々な建物を見ていくのだけど、
早くピラミッドをゆっくり見たくて気が焦る上に、
子供たちは飽きるし、暑いし、
途中からツアーの話しは聞かずに日陰に避難したり、
ジュース買ったりなんとかごまかし

さて

ピラミッドをゆっくり見学。

あれ?
あれ?
あれ?

登れないの?

テレビとかでよく登ってるの見るじゃない!?
なんで〜?

と思ったら、
数ヶ月前に大きな事故があったようです。

登りたいなら別の地域の別のピラミッドがあったんですよ〜。
下調べしないとこういうことになるのよね〜。

感動の遺跡に出会えたんですけど、
正直な感想は…きれいすぎ。

石ころ一つが貴重でしょうから、
かなり大きな建造物以外は全部取り除いて
博物館などで保管されているのだと思います。

なーんか物足りない。

これは、次行く所は「大英博物館」ではないか?
と思ったりしていました。

(注/カンクンにマヤ文明博物館はあります。)

12月だけど、
カンクンより内陸にあるチェチェンイッツアは暑かったんですよね。

遺跡観光が終わりツアーバスに戻ると
大人一人一人に配られたのが、

キンキンに冷えた「コロナ」!!

ツアーバスやるじゃなーい!!

そして、ツアーでよるのはもう一カ所。
マヤ文明の重要な要素。

「セノーテ」

洞窟の中にある深ーい泉。
暑くて乾燥した地域であるのにこの一帯が栄えたのは
この「セノーテ」があったからだそうです。

マヤ文明地域にたくさんあるセノーテなのですが、
観光用に開発され泳げるようになっているセノーテがあるんです。

そこへ観光バスは向かいます。

水着になって救命ベストを借り
冷たくて深ーーーーいセノーテで泳げます。

空は見えるけど,穴の空いた洞窟の中。
深くて暗くて、でも魚がいるし人口のものではないのはよくわかります。

観光客が飛び込み台等で楽しそうにしているので
不気味さは軽減されていますが

文明のない時代にここにいたら神憑って見えるでしょう。

娘が小さかったので、怖かったわ〜。

さらに、観光バスの弊害、お尻の時間が決まっていたので、
こんな所で置いていかれては大変と、ちょっと楽しみきれず。

でも、こうして元気にこのこと書いているのだから、
マヤ文明の新世紀パワーは頂けたね!
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