パラグアイは日本の裏。

マミーはJICAの青年海外協力隊プログラムで
南米パラグアイに2年間住んでいました。

現地の人達に溶け込み活動し、
ホームステイ等もしていたので、

ニューヨークの方が滞在は長いのですが、

気持ちとして、
第2の故郷はニューヨークよりパラグアイなんです。

そんなパラグアイをご紹介。

”日本”の「裏側」なんですよ!

テレビ番組等でパラグアイが紹介されることもあるのですが、
その時にいつも気になることがあるんです。

「地球の裏側パラグアイ」

おーい!地球の裏側って!!
どうして公式表現になってるんですか?
地球に裏があるとしたら地表の裏でしょ?
地球の裏じゃなくて

「日本の裏側」が正しくないですか?

気持ちとして「裏側」と言いたいのは分かるんですけれど。

まぁ「北アメリカの裏庭」
なんて言われることもある南米ですので
「裏」も引っかかるけどそこは見逃しましょう。

でもできれば「日本の反対側」とか
もうちょっと違う表現にならないものかなぁ。

どこにあるの?


南米大陸のど真ん中に位置し、
「南米のへそ」とも言われる国が

「パラグアイ共和国」

国の面積は日本よりちょっと大きいぐらいで、
東西を分けるように大きな川が流れています。
その東側に人口の97%が住んでいます。

ちょっと有名なのがパラグアイの国旗は
世界で唯一「裏・表」があるんですよ。

言語は「スペイン語」と「グアラニー語」

「グアラニー語」は南米でも珍しく先住民の言語が
現在でも公用語として使われているんです。

なにかと、南米の中でも
異例なことが多いのがパラグアイなんです。
これはパラグアイの歴史と関わっています。

混血の歴史

インカ帝国などメソアメリカの力は及ばず、
グアラニー族などの先住民が
原始的に暮らしていた地域でした。

しかし、他の南米の国々同様
1537年スペイン領となります。

グアラニー族は比較的文化程度が高く、
入植してきたスペイン人に賛同し他の先住民と敵対することになりました。

これによりスペイン人とグアラニー族の混血がたくさん生まれたのです。

その混血の人のことを「メスティーソ」と言います。

パラグアイ人の子孫はこのメスティーソなのです。

17世紀、
イエズス会(ザビエル等もいたキリスト教カトリック教会)が
パラグアイに入り、現地の人々に農業等を教え、
奴隷商人から身を守るため、武装をし、独立国家のようになっていました。

こちらは有名なイギリスの映画「ミッション」を観るとよくわかります。

その後戦争の歴史が色々ありますが、
それは今回は省略。

汗と涙の日本人移民

ブラジルが移民の制限をした1934年。

ブラジル移民予定者が
パラグアイへ入植したのが始まりだそうです。

そこでの苦労は軽く書ける様なものではないのですが、
南米の中で比較的肥沃な土地があったパラグアイ。

もちろん勤勉な日本人気質と努力の結果でしょう。
パラグアイの日系人は
大豆などの生産で成功していったのです。

まだまだ日本食が世界的ブームではなかった
マミーの滞在時も

小さなお店に醤油が売っていて
感動したのを忘れません。

観光するなら

パラグアイ国内には世界遺産が一つだけあります。
イエズス会が伝導に入り作り上げた自給自足の集落。

イエズス会伝道所群

正式名称は「ラ・サンティシマ・トリニダー・デ・パラナ」ですが、
「トリニダー遺跡」と呼ばれています。

ま、正直…興味ある人は行ってみて下さい。

クモの巣アート、ニャンドゥーティー

パラグアイの西半分、人口の3%しかすんでいない地域を

「チャコ地方」

と呼びます。

降雨量が少なく、東側と違い巨大なサボテンの荒涼とした地域です。
赤い土の東側と異なり、土も白になっています。

ちなみに、マミーは2泊だけしか行ったことありません。
少ない人口の中のほとんどが先住民の中
ドイツ移民地区がありました。
そこだけは文化的で
ドイツ風町並みとドイツ人だらけの町なんです。

この手をつけられていない地域は生態系も違い
東側にはいない生き物と出会えるそうです。

そんな不思議な地域「チャコ地方」に

幻のクモ
「ニャンドゥーティー」がいると

噂には聞いていました。

それを見て「きれいだった!」と言う話しは
直接聞いたことがありますが、
チャコ地方へ行っても
そう簡単に見れるものではない様です。

そのクモは集団で蜘蛛の巣を作り、
繋がった蜘蛛の巣は

まるでレース編みのレースの様だと。
さらに
朝露が付いて朝日に照らされとても美しいと。

そのクモのから編み出された手工芸品があります。
近年、日本でも「虹色レース」として手作りする方も増え、
作り方等もたくさん紹介されています。

その発祥の土地が
首都アスンシオンから30Kmに位置する「イタグア」

何を隠そう、ここでホームステイをしていたので、
マミーの心の故郷はここ。

代表的なお土産なので首都でも買えるのですが、
ここならオーダーをしたり、
おばあちゃんがのんびりテラスで
ニャンドゥーティーを作っているのを見れたり
ため息をつく様なドレスがあったり
裏庭でニャンドゥーティーを
干しているのを見たりできます。

ニャンドゥーティーの作り方(ざっくり)

1、木枠に布を張ります。
2、布に下書きをします。基本円形。
3、縦糸となる糸を放射状に通します。
4、縦糸に横糸を模様を作りながら織るように針で通していきます。
5、糸と重なっている部分の布を切り抜きます。
6、でんぷんを塗り乾燥させます。
7、レースの外側、の布を切りはずします。

完成。

本当にざっくり。

↓スペイン語ですが、しっかりと作り方が分かります。


今度ニューヨークでも作れるか
試して報告したいと思います!

↓Naverまとめ
パラグアイに伝わる虹色のレース「ニャンドゥティ」が可愛い♡

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